35年前の桜のころの思い出


-愛犬を高野山へ-

若いころ、道ばたで子犬を拾い、飼っていました。
そこで名前は「ヒロタ」と名付けました。
やがて成長して大きくなってくるとシェパードの雑種のようで、可愛くてよくなついてくれました。
それとともにたくましくもなっていました。
       *
そんなとき、家の前を散歩するご夫婦の奥様に噛みつくという事件が起きました。
近所の子どもたちにも大事にされていて、
こんなことは初めてのことでした。
幸い噛み傷はそれほど大きくなく大事に至らず、
丁寧に謝罪しお許しをいただいたのです。
       *
しかし、かつて『一度人を噛んだ犬は、また噛む』と聞いたことを思い出した私は、
結局ヒロタを手放す覚悟をしました。
できるだけ遠くにと考え、心の中で、
― 食べ物に不自由しないところ ― 
と、思いついたのは私が暮らした高野山でした。
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ちなみにー
弘法大師を高野山に案内したのが白黒の犬だったという伝えから、明治初め頃まで唯一飼うことを許された動物が、
犬だけだったのです。
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私はヒロタを車に乗せ、高野山の大門近くで、
「元気に暮らせよ」といって放し、別れました。
ヒロタは私の車を追いかけてきました。
ひどいことをしてる自分を責めました。
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それから3年後ー
高野山にのぼったときのことです。
山上でもほとんど通ることのない小田原通りを偶然走っているとき、見覚えのあるヒロタと目が合ったのです。
私は車の中でしたので窓を開け「ヒロタ」と呼ぶと、
ヒロタは車のドアを前足でかきつくように、
よじ登るようにして哀しい鳴き声で差し出す私の手を舐めてきたのです。
「元気やったか、ヒロタ。ごめんな」といいながら私の涙は止まりませんでした。
すぐヒロタを車に乗せ家に連れ帰り、
再び飼うことにしたのです。
       *
数年後ー
老犬となったヒロタはヨロヨロしながら、
私が草むしりをしているそばに来て、
か細い声で鳴きながら寄り添うように息を引き取りました。

まるで「ここで飼ってくれてありがとう」と言っているように思ったのです。

合掌

ヒロタ