護摩焚き法要無魔勤修

皆さま方の安寧と疫病退散を祈願して護摩焚き法要を勤修致しました。

冷たい雨模様で足もとの悪いなか、
お参りいただいた皆さまと心を込めてお勤めさせていただきました。

南無大日大聖不動明王
南無大師遍照金剛

合掌

四国八十八ヶ所高知24~30番巡礼

四国八十八ヶ所高知24~30番巡礼

高知は「修行の地」と呼ばれるだけあって距離的にとても広くて遠いのです。

また室戸岬にある24番最御崎寺から25番津照寺、26番金剛頂寺、27番神峯寺はそれぞれ150段~200段ぐらいの階段を上る必要があります。

ちなみに私は車巡礼ですが、緊急事態宣言が解除されてなのか途中数名の歩き遍路さんとすれ違いましたが、
とてつもない距離を自分の足で巡礼される姿に、 私は思わずその方々に手を合わさせていただきました。
敬意以外言葉がないのです。

このあと高知市内に入り28番大日寺、29番国分寺、30番善楽寺をお参りさせていただきました。
28日には自坊の護摩焚き法要があるためここで帰宅の途につきました。

ありがたき巡拝でした。
南無大師遍照金剛
合掌

この巡拝ではー
金剛頂寺のご本尊は秘仏薬師如来です。
本堂の瑠璃光殿には立派な薬師如来のお前立ちがお祀りされています。
また国分寺金堂には2体の薬師如来がお祀りされ、国の重文です。
さらに大日寺奥の院にお祀りされる「爪彫り薬師」は、
空海が楠の大木に薬師如来を刻まれたと伝えられています。

「難病患者に寄り添い下さい」との願いを込め、ご宝前にて経を上げさせていただきました。

南無薬師瑠璃光如来
合掌

24番 最御崎寺

25番 津照寺

26番 金剛頂寺

27番 神峯寺

28番 大日寺

29番 国分寺

30番 善楽寺

土佐神社(善楽寺隣)

彼岸の入り

彼岸の入り、本堂にてお勤め🙏ー

お彼岸は7日間まん中に中日(春分の日)があります。
お釈迦さまは「彼岸」に至る手段として「中道」を説かれました。
それは彼岸という別の世界があるのではなく、
人の「中道的行為」が彼岸的世界を作るのだということだったのですね。

日本では「中道」を昼と夜の時間(長さ)が同じ春分の日になぞらえ、
前後3日ずつ加えた7日間を「彼岸」として、
偏(かたよ)りやこだわりのないバランスのとれた心で過ごしていますか?
そして「中道的行為」を実践できていますか?と、
自分の生き方を見つめる期間が彼岸なのではないでしょうか。

お彼岸のお墓参りやご先祖まつりはー冥福や感謝はもちろんのこと、
まさに「自分の心と行動が過不足なくバランスのとれた生き方をします」との誓いと確認の行為だと思うのですが・・・。

今日から一週間、自戒を込めー

ご先祖に手を合わせると同時に、
自分の生き方を問われている期間と考えています。

合掌

写真はおたすけ地蔵さまと、寺の片隅に咲いていたバイモユリと白花のビシャコの花です。
ビシャコの花は1㎜ほどの小っちゃい小っちゃい花ですが、
ミツバチ🐝ちゃんはよく知っています。

いつもいいお顔
ビシャコの白花
🐝🐝🐝
柿の木の下で控えめに咲くバイモユリ
バイモユリ

10年前、人生最大の布施

あのときは還暦60歳ー

10年前の今日、人生最大の布施。

嫁に行ったにもかかわらず尼僧になり寺を継いでくれるという娘夫婦が、
近くに家を建てて住んでくれるというので新築資金の一部として贈与を予定していた資金を、
発災4日目、まだ募金体制ができていないなか寄付させていただいた。

時まさにタイガーマスク現象のさなかでした。

子どもたちも気持ちよく理解してくれたのが後押しとなった。

未だに避難困難区域が多く、
たくさんの避難者がいるなか、
マスコミ報道に気づかされ、
3月11日だけ大震災を思い出している自分ではいたくないと自省しています。

いまは古希70歳ー

コロナ禍が過ぎればまた慰霊の旅に出たいと思っています。

2011.3.16朝日新聞記事
2011.3.16毎日新聞記事
岩手日報(3.11)「最後だとわかっていたらなら」(アメリカ人女性ノーマ・コーネット・マレック氏による詩・佐川睦氏日本語訳)の記事

合掌

土寺小屋生の仏画公民館で展示

コロナでしばらくお休みしてる土寺小屋の小屋生さんたちの仏画作品がーーー

副住職の和道さんが主事をしている地元麻生津公民館文化祭で展示されています。

この文化祭も展示のみに縮小されましたが、
展示期間は分散参加を促し一週間延長でした。

皆さん上手に描けましたねー

早く土寺小屋を再開したいですね。。。

甲賀三大仏と薬師如来巡拝

甲賀三大佛ー
 ・大池寺 釈迦如来座像
 ・櫟野寺 薬師如来座像
 ・十楽寺 阿弥陀如来座像

三体とも丈六(立ち上がれば約5メートル)の日本最大級の仏さまに、
東日本大震災から10年目の慰霊に、お逮夜参りをさせていただきました。

そして他の参拝者がおられないこともあり、それぞれ三ヶ寺にお祀りされている薬師如来さまに「難病患者に寄り添い下さい」と、経を上げご祈念させていただくことができました。

大池寺は釈迦如来大佛もさることながら、小堀遠州作の蓬莱庭園がとりわけ有名で、奥様が座敷のガラス戸をすべて開け放ってくださり、お抹茶のお接待までいただくことができました。

また、十楽寺でもは奥様からとても丁寧な諸仏のご説明をいただきました。
紀州の田舎寺の住職であることをお話しすると
お土産まで持たせてくれました。

本堂内の写真撮影の許可も下さり、ありがたい限りでした。

十楽寺は摩耶夫人のお寺としても有名で、
日本に2体しかないといわれる、お釈迦様が母摩耶夫人の脇から生まれ出る像(重要文化財)もお祀りされていました。

ありがたくも感慨深い巡拝でした。

南無釈迦牟尼佛
南無薬師瑠璃光如来
南無阿弥陀佛

合掌

大池寺

大池寺全景
大池寺正面
ご本尊釈迦如来座像
大池寺ご本尊釈迦如来座像
平成になってからお祀りされている薬師如来
奥様が私のためにガラス戸を開け放ってくれました。
蓬莱庭園(小堀遠州作)
可愛いお干菓子とお抹茶のお接待ー感謝

櫟野寺

櫟野寺参道
櫟野寺山門前千体佛
櫟野寺本堂
薬師如来丈六大佛(写真集より)

十楽寺

十楽寺山門
十楽寺境内
十楽寺本尊丈六の阿弥陀如来座像
十楽寺の薬師如来
十楽寺の奥様にご親切にしていただきました。
摩耶夫人釈迦誕生像(右脇から誕生する釈尊)
三大佛ご朱印
甲賀三大佛めぐり

東日本大震災から10年

東日本大震災から10年を迎えメディアでは特別番組が報道されています。

そんななかー

JPA(日本難病・疾病団体協議会)が2013年から実施してきた「福島を肌で感じるツアー」の立派な記録誌が届きました。

謹んで私のコラムを掲載させていただきます。

編集スタッフのご努力に心から感謝申し上げます。

合掌

 2011年3月11日、東日本大震災発災のテレビ報道で閖上浜から大津波が仙台空港に押し寄せるのを見て、東北大学病院に入院するため生後二ヶ月の難病の子どもを抱いて仙台空港に降り立ったときのことが脳裏をよぎりました。
 「この子は半年の命」と言われた子どもが5歳まで生きられたのは仙台で3度の手術をしていただいたおかげでした。なにがしかのお手伝いをしたいと思い震災翌日心ばかり寄付はしたものの、慰霊の気持ちはあっても現地に足を運ぶことはできませんでした。
 というのは子どもが亡くなった後、妻をガンで亡くし、再婚した後添えの妻はパーキンソン病の診断を受け、看病と介護の日々が大震災以前から約10年続いていたのです。
 JPAが主催するこのツアーが2013年から行われていたことは知っていたのですが、結局私が参加できたのは第6回目ツアーでした。
 いまだ放射線量の高い川俣町や浪江町を通り、延々と築かれた復興護岸堤防の閖上浜に到着したとき、数え切れない犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑が目に入ってきました。
 私は近くの日和山に登り卒塔婆が建てられた山上で、多くの御霊に対し「遅くなって申し訳ありませんでした」との思いで真心こめて理趣経、般若心経を読経させていただきました。
 そのとき私の脳裏には突然巨大津波に襲われ人の力で何一つあらがうことのできない状況で苦しむ人々の命の絶叫が絶え間なく現れては消え、消えては現れるのです。読経しながら坊主として泣いてはいけないと思いながらも辛い胸の痛みは、5歳の子どもと二人の妻を亡くした私の過去とも重なり、涙を抑えることができませんでした。
森田良恒

住職著書3冊、関東で常備配本

田舎坊主シリーズ3冊

 ・田舎坊主の求不得苦(2013年)
 ・田舎坊主の七転八倒(2015年)
 ・田舎坊主の闘病日記(2019年)

関東地区と関西の一部書店での3年間常備配本が決まりました。

一年ごとに書店が変わります。。。

合掌

関東地区と関西一部書店で常備配本