伊予十二薬師霊場巡拝

いま病に苦しむ人の息災を願いー
古く弘法大師の時代から薬師如来をご本尊としてお祀りしてきた
伊予十二薬師霊場を巡礼させていただきました。

南無薬師瑠璃光如来
合掌

さらに薬師如来をご本尊とする四国五十一番札所石手寺の裏山山上にそびえる、日本一の弘法大師像まで登ってきました。
お大師さまの足もとで、
ただただ病苦を癒やして下さいと、祈念しました。

南無大師遍照金剛
合掌

第一番 東林寺
第二番 医座寺
第三番 蓮華寺
第四番 西法寺
第五番 正観寺
第六番 香積寺
第七番 長隆寺
第八番 雲門寺
第九番 金蓮寺
第10番 長楽寺
第11番 浄明院
第12番 薬師寺

ネット情報の多くは「弘法大師像まで行くのは道なき道で大変!」
「ここに登る人はあまりいない」「道案内もない」等々・・・。
この情報を知らないで、とにかく「お大師さまの足もとまで行きたい」の一心で登りました。
知っていたら登っていなかったかも。
雨上がりのあと、道といえない沢は枯れ落ち葉でよけいに滑りやすく、
白いスニーカーはドロドロになりましたが、お大師さまの足もとにたどり着いた喜びは一入(ひとしお)でした。
ありがたくてー
ありがたくてー
南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛

護摩焚き法要

いま入院されている方ー
愛しい方を亡くして心を弱らせている方ー
人に言えぬ深い悩みを抱えている方ー

その他、ご先祖供養、家内安全、身体健全、病苦息災を祈願される皆さまの安寧を心から祈り、
護摩を焚かせていただきました。

南無大日大聖不動明王
合掌

紀の川市那賀斎場抜魂法要

平成11年に竣工した紀の川市那賀斎場は、
当時私が役場に在籍していたこともあり、
計画段階から数々の助言を求められました。

祭壇の仕様、本尊掛け軸、焼香台その他さまざまな意見を求められ、
さらには斎場職員の作法、動作、言葉、態度などをマニュアル手順書として作成しました。

また同時に建設された慰霊堂の「慰霊塔」という石盤の揮毫も依頼されたのです。
私自身かなり深く関わった斎場も広域行政および財政的な問題から廃止が決まり、本日その斎場の抜魂法要が執り行われました。

これに伴い、約20年間多くの町内物故者が見護られ安楽浄土へ導かれた六地蔵尊と慰霊塔は、自坊不動寺に移転遷座されることになりました。

ここで火葬に付された約4千余の御霊は、不動寺にて引き続き六地蔵尊と慰霊塔に見護られることになります。

合掌

お施餓鬼供養

コロナ禍のなか、フェイスシールド、マスク、手指消毒などの感染対策をおこないながら、例年どおりのお施餓鬼供養を行いました。

朝5時半ごろから多くの施餓鬼参りが続いていました。
やはり熱中対策で早朝の方のお参りが増えました。


感染対策を施した上で、お祀りしました。

和道副住職と純令さんがフェイスシールドで対応しました。
遠くからお参りいただきました。
宝珠から飛行機雲が一直線に。。。
疫病退散を祈念しました。

麻生津小学生1・2年生不動寺訪問

地元の小学生1・2年生(といっても全員で3名、男子は副住職の子)が不動寺訪問🧒👧🧒

和道副住職が子どもたちの質問に答えました。


「お寺で使う砂は何ですか?」
   ・・・・焼香のこと?
「お坊さんの着るものは何ですか?」
   ・・・・法衣、衣、改良服、作務衣?
「どんな修行するんですか?」
   ・・・・朝早くから掃除、読経?
小学生にわかってもらうの、むつかしい😩😩😩

最後に焼香の練習、な~む~🙏🙏🙏

7月28日護摩焚き

無事、護摩焚き法要勤修致しました🙏
お参りいただいた皆さまとともに―
諸人安寧・疫病退散を祈願し、
心込めて勤めさせていただきました。。。

南無大日大聖不動明王

南無大師遍照金剛

合掌

護摩焚き法要勤修

幸い雨も上がり、本日6月28日午後1時から家内安全、交通安全、病気平癒など 皆さまの安寧とあわせて疫病退散を祈願し、護摩焚き法要勤修致しました。

御弥津は住職のFB友達の猪狩女史からご恵送いただいた福島名菓「薄皮まんじゅう」を皆さんで頂きました。

南無大日大聖不動明王

合掌

薬師霊場巡拝、京都3ヶ寺ー

法界寺

親鸞聖人が誕生したお寺として有名で、別名「ひのやくし」として親しまれています。
とくに国宝の阿弥陀堂と本尊阿弥陀如来のふくよかな尊像(座像で約2m)や、堂内の彩色壁画に圧倒されました。

法界寺山門
法界寺阿弥陀堂(国宝)
阿弥陀如来座像(国宝)
絵はがきより。。。

薬師堂
薬師如来は秘仏でした。

醍醐寺

とりわけ桜で有名なお寺です。
今回お軸ご朱印をいただいた三宝院は豊臣秀吉が「醍醐の花見」で整備されたところで、庭園や書院などはすべてが特別史跡に指定されています。
幸い現在特別拝観が認められていました。

醍醐寺五重塔(国宝)
三宝院庭園(特別名勝)
醍醐寺不動堂
醍醐寺弁天堂

雲龍院

泉涌寺内にある別院で皇族とゆかり深く、霊明殿には歴代の位牌が祀られています。
庭には徳川慶喜寄進の灯籠もあり、周囲の白砂が菊紋に整えられています。
書院の「悟りの窓」も拝観することができました。
ここには京都をこよなく愛したミステリー作家、山村美紗さんのお墓もあります。

雲龍院庭園

徳川慶喜寄進の灯籠と菊紋砂
雲龍院「悟りの窓」
雲龍院奥庭園

ありがたき巡拝でした。
合掌

「笑顔の花」に応援メッセージ

『笑顔の花』 は 、「病気と共に生きるこども」と「その家族」の支援を通じて、医療現場の付添家族のサポートや病児ママの就労、母子災害支援などを行ってきました。

今年1月にマザーハウスを開所し、活動スタートから4年目を迎えました。

今回のイベントでは、病児の家族を応援し、小児医療の現場に「笑顔」を咲かせたいという夢を一緒にかなえる100人の仲間の輪を広げたいと思います。

皆さまのご協力をお願いします。
下記URLに住職の応援メッセージがあります。

https://syncable.biz/campaign/1084/reports/975#menu

近くなのに知らなかった名刹ー

叡福寺

叡福寺は聖徳太子の御廟があるその名も南河内太子町にある名刹です。
太子が49歳で亡くなった後、御妃と、母公と共に埋葬され、推古天皇よりこの地を賜り、霊廟を守る香華寺として僧坊を置いたのが始まりだそうです。

叡福寺参道
正面が聖徳太子御廟
本堂
多宝塔
御廟へ
御廟

西方院

叡福寺の前の道路と小さな谷を挟んだ反対側には、
西方院 という古刹があります。
ここには聖徳太子の3人の乳母が祀られています。

乳母は善信尼(しまめ)・禅蔵尼(とよめ)・恵善尼(いしめ)という、
日本最初の出家尼僧です。

乳母たちは聖徳太子亡き後も近くで菩提を弔いたいと、
御廟の向かいに堂を建て、阿弥陀如来を祀って、
末永く太子に寄り添ったのがこの西方院です。

西方院 の山門前から叡福寺の御廟が望めることに、
不思議な感動を覚えました。

西方院山門
阿弥陀堂
西方院門前から正面に叡福寺の太子御廟が望める

竹内街道(難波~飛鳥)と呼ばれる町並みも電線の地中化が進んでいて、 爽やかな散策には最適の街並みでした。

新緑の吉野山を歩く

リハビリウォーキングをかねて新緑の吉野山、金峯山寺蔵王堂から如意輪寺ま往復約7㎞歩きました。
蔵王堂~東南院~如意輪寺。。。

蔵王堂の国宝仁王門は修復中でした。
伽藍に上がって、国宝本堂蔵王堂の大きさに圧倒されました。

修験道の修行者たちは、長きに渡りこの本堂で大峰奥駆への行成満祈願をしたのでしょう。

吉野山には寺巡りもあります。
その一つの東南院は土産物屋さんや旅館が並ぶ道沿いにあります。

如意輪寺は中千本の途中から一つ峰を約2.3㎞ほど別れた所にあり、
多宝塔からは谷を一つ挟んで遠くに蔵王堂を望むことができます。

有り難いお詣りとリハビリウォーキングでした。
合掌

蔵王堂

東南院

如意輪寺

リハビリウォーキング、岩湧寺へー

河内長野にある1300年以上前に建てられた元々天台宗のお寺です。
現在は融通念仏宗のお寺です。
多宝塔は国の重要文化財で、大日如来(国の重要文化財)がご本尊です。
境内にそびえる老杉は大阪みどりの百選に選定されているそうです。

往復約3㎞の山道を歩くことができました。

合掌

本堂
多宝塔

淡路四国八十八ヶ所霊場参詣

関西地方の緊急事態宣言が解除されたので、
淡路島洲本周辺の淡路四国霊場札所にお参りさせていただきました。

千光寺

非常に急激な階段がいくつも続く淡路四国八十八ヶ所霊場第一番札所です。
淡路富士と呼ばれる先山の頂上にあり、大震災の傷跡がそこここに残っていて、
現在も復興中の看板が立てられていました。

千光寺山門
本堂
三重塔

東山寺

東山寺は 第49番札所です。
復興された鐘楼堂がまぶしかった。
ご本尊は千手観音様ですが、立派な薬師如来は収蔵庫にお祀りされていました。

東山寺山門
東山寺正面
本堂観音堂

常隆寺

淡路四国番外札所です。
北淡の最高峰伊勢ノ森の頂上にあります。
非常に細い山道を自動車で上がることが出来ました。
新緑まぶしい境内に入ると、
ニャンコちゃんが正座して迎えてくれました。

奥の院の頂上まで上がると、
眼下に広がる瀬戸の海と遠くに望む小豆島に心清められました。

常隆寺正面
「ようお参りニャン」
本堂
奥の院

ありがたいお詣りでした。
合掌