四国八十八カ所巡礼

四国八十八カ所巡礼ー

65番三角寺から40番観自在寺まで逆打ち。
これにて愛媛(伊予)菩提の道場を成満しました。

64番前神寺と59番国分寺の住職は同級生でもあり、
とりわけ仲のよかった前神寺の住職と45年ぶりに再会。
学生時代の頃を思い出し、しばし花が咲きました。

「また生きてるうちに会おう」と約束し、巡礼を急ぎました。

ありがたき同行二人
南無大師遍照金剛
合掌

三角寺
前神寺
前神寺住職佐々木師とー
吉祥寺
宝寿寺
横峰寺
栄福寺
南光坊
泰山寺
仙遊寺
延命寺
香園寺
国分寺
岩屋寺
大寶寺
明石寺
龍光寺
仏木寺
観自在寺

南無大師遍照金剛
合掌

西国四十九薬師御印軸表装完成

約1年かけて巡拝させて頂いた西国四十九薬師巡礼を成満し、
お世話になっている表具師に依頼したお軸ができあがりました。

巡礼お軸としてはかなり大きめの表装となりました。

落ち着いた貴船金襴地で、とても重厚な仕上がりとなりました。

11月28日の護摩焚きの際、入魂開眼供養を勤めたいと思います。

オン コロコロ センダリ マトオギ ソワカ
南無薬師瑠璃光如来

合掌

伊賀コリドールロード巡拝

伊賀上野の寺町界隈を巡拝させていただきました。

ここには伊賀忍者回廊(伊賀コリドールロード)の神社仏閣ご朱印巡拝があります。

ありがたく巡拝させていただきました。

合掌

伊賀上野城 (平楽寺跡)
平楽寺跡
宝厳寺 山門
宝厳寺 本堂
無量寿福寺 参道
国宝級のご本尊ー
奥様からお茶のお接待を受け、写真もお許し頂きました 。
無量寿福寺薬師堂
萬福寺
萬福寺本堂
松本院
松本院本堂正面の不動明王
松本院の大日如来
西念寺山門
西念寺本堂
九品寺
九品寺本堂
大光寺(毘沙門寺)
大光寺(毘沙門寺)本堂
伊賀忍者回廊ご朱印帳
(赤い印文字は忍者文字だそうです)

高野山の裏道玉川峡へボラボラ

弘法大師が唐から帰国し高野山に登る途中――――

山道の険しさに杖を作るために近くの竹藪で竹を切って杖にしました。
その村は現在「杖ヶ薮」と呼ばれています。
弘法大師はそこから少し登ったところで、
突然の夕立に遭い衣を濡らしてしまいます。
そのとき道沿いにあった大岩に衣を干しました。

村人はその岩に「御衣干岩」と名付けたのです。

「ポツンと一軒家」で放送された山んなかです。

奥に長い巨岩です
「ポツンと一軒家」で放送された山ん中
玉川峡

無事護摩焚き法要勤修致しました

皆さまの安寧を祈願しー
あわせて疫病退散の祈願

🙏

無事護摩焚き法要、勤修致しました。

御弥津は福島のFB友いがり様から贈っていただいた、
テレ和歌で福島土産第1位に選ばれたという銘菓『ままどおる』を
みなさんで頂きました。

南無大日大聖不動明王
南無大師遍照金剛

合掌

西国四十九薬師巡礼満願、延暦寺ー

秋晴れでした。
現在平成の大修理の根本中堂で御軸に御朱印をいただき、
感無量でした。
 
今回の延暦寺は主目的は薬師巡礼満願でしたが、
先日テレビで拝見してどうしてもお参りしてみたかったのがー
比叡山で唯一信長の焼き討ちに遭わず残っている「るり堂」。
比叡の山あいに苔むした屋根の小さなお堂です。
現在金色の薬師如来座像がお祀りされていました。
 
それにもう一つ、最近、護法童子立像胎内から発見された高さ10㎝あまりの金色の不動明王像です。
延暦寺国宝殿で展示されていて、
小さいにもかかわらず見事なつくりのお不動様に出会えて感動しました。
 
ちょうど「比叡の秋めぐり」開催中で、各堂の特別拝観もあり、
境内だけで約12000歩、8㎞あまり秋空のもとゆっくりとリハビリがてらお参りさせていただきました。
 
ありがたき、ありがたき巡拝でした。
 
南無薬師瑠璃光如来
南無不動明王
南無大師遍照金剛

合掌 拝

最澄の墓所「浄土院」
釈迦堂
唯一信長の焼き討ちを免れた「るり堂」
「るり堂」正面
るり堂の薬師如来
円珍の住居「山王院」

音羽山観音寺参拝

NHKのEテレで再放送されている『やまと尼寺 精進日記』の舞台奈良桜井にある音羽山観音寺にお参りしてきました。
約1時間急坂を約1時間登ると寺の階段と本堂の屋根が目に入ってきます。
本堂ではご住職が勤行中で、その間同座させて頂き、お勤めが終わったあと、少しお話をさせて頂きました。

「遠く紀の川市からようこそ。森田さんのことは慈瞳さんからお話は伺っていました・・・」と。穏やかなご住職とお話しができてなによりでした。

3月までここで副住職を務めていたのが、娘の辻純令と尼僧学園で同期の佐々木慈瞳さんです。残念ながらお目にかかれませんでしたがー。

とりわけ眼病に霊験あらたかな観音さまがご本尊です。
※ちなみにかなりきつい坂の連続です。

予約をすれば精進料理をいただくこともできます。

南無観世音菩薩
合掌

伊予十二薬師霊場巡拝

いま病に苦しむ人の息災を願いー
古く弘法大師の時代から薬師如来をご本尊としてお祀りしてきた
伊予十二薬師霊場を巡礼させていただきました。

南無薬師瑠璃光如来
合掌

さらに薬師如来をご本尊とする四国五十一番札所石手寺の裏山山上にそびえる、日本一の弘法大師像まで登ってきました。
お大師さまの足もとで、
ただただ病苦を癒やして下さいと、祈念しました。

南無大師遍照金剛
合掌

第一番 東林寺
第二番 医座寺
第三番 蓮華寺
第四番 西法寺
第五番 正観寺
第六番 香積寺
第七番 長隆寺
第八番 雲門寺
第九番 金蓮寺
第10番 長楽寺
第11番 浄明院
第12番 薬師寺

ネット情報の多くは「弘法大師像まで行くのは道なき道で大変!」
「ここに登る人はあまりいない」「道案内もない」等々・・・。
この情報を知らないで、とにかく「お大師さまの足もとまで行きたい」の一心で登りました。
知っていたら登っていなかったかも。
雨上がりのあと、道といえない沢は枯れ落ち葉でよけいに滑りやすく、
白いスニーカーはドロドロになりましたが、お大師さまの足もとにたどり着いた喜びは一入(ひとしお)でした。
ありがたくてー
ありがたくてー
南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛

護摩焚き法要

いま入院されている方ー
愛しい方を亡くして心を弱らせている方ー
人に言えぬ深い悩みを抱えている方ー

その他、ご先祖供養、家内安全、身体健全、病苦息災を祈願される皆さまの安寧を心から祈り、
護摩を焚かせていただきました。

南無大日大聖不動明王
合掌

お施餓鬼供養

コロナ禍のなか、フェイスシールド、マスク、手指消毒などの感染対策をおこないながら、例年どおりのお施餓鬼供養を行いました。

朝5時半ごろから多くの施餓鬼参りが続いていました。
やはり熱中対策で早朝の方のお参りが増えました。


感染対策を施した上で、お祀りしました。

和道副住職と純令さんがフェイスシールドで対応しました。
遠くからお参りいただきました。
宝珠から飛行機雲が一直線に。。。
疫病退散を祈念しました。

麻生津小学生1・2年生不動寺訪問

地元の小学生1・2年生(といっても全員で3名、男子は副住職の子)が不動寺訪問🧒👧🧒

和道副住職が子どもたちの質問に答えました。


「お寺で使う砂は何ですか?」
   ・・・・焼香のこと?
「お坊さんの着るものは何ですか?」
   ・・・・法衣、衣、改良服、作務衣?
「どんな修行するんですか?」
   ・・・・朝早くから掃除、読経?
小学生にわかってもらうの、むつかしい😩😩😩

最後に焼香の練習、な~む~🙏🙏🙏

7月28日護摩焚き

無事、護摩焚き法要勤修致しました🙏
お参りいただいた皆さまとともに―
諸人安寧・疫病退散を祈願し、
心込めて勤めさせていただきました。。。

南無大日大聖不動明王

南無大師遍照金剛

合掌

薬師霊場巡拝、京都3ヶ寺ー

法界寺

親鸞聖人が誕生したお寺として有名で、別名「ひのやくし」として親しまれています。
とくに国宝の阿弥陀堂と本尊阿弥陀如来のふくよかな尊像(座像で約2m)や、堂内の彩色壁画に圧倒されました。

法界寺山門
法界寺阿弥陀堂(国宝)
阿弥陀如来座像(国宝)
絵はがきより。。。

薬師堂
薬師如来は秘仏でした。

醍醐寺

とりわけ桜で有名なお寺です。
今回お軸ご朱印をいただいた三宝院は豊臣秀吉が「醍醐の花見」で整備されたところで、庭園や書院などはすべてが特別史跡に指定されています。
幸い現在特別拝観が認められていました。

醍醐寺五重塔(国宝)
三宝院庭園(特別名勝)
醍醐寺不動堂
醍醐寺弁天堂

雲龍院

泉涌寺内にある別院で皇族とゆかり深く、霊明殿には歴代の位牌が祀られています。
庭には徳川慶喜寄進の灯籠もあり、周囲の白砂が菊紋に整えられています。
書院の「悟りの窓」も拝観することができました。
ここには京都をこよなく愛したミステリー作家、山村美紗さんのお墓もあります。

雲龍院庭園

徳川慶喜寄進の灯籠と菊紋砂
雲龍院「悟りの窓」
雲龍院奥庭園

ありがたき巡拝でした。
合掌

近くなのに知らなかった名刹ー

叡福寺

叡福寺は聖徳太子の御廟があるその名も南河内太子町にある名刹です。
太子が49歳で亡くなった後、御妃と、母公と共に埋葬され、推古天皇よりこの地を賜り、霊廟を守る香華寺として僧坊を置いたのが始まりだそうです。

叡福寺参道
正面が聖徳太子御廟
本堂
多宝塔
御廟へ
御廟

西方院

叡福寺の前の道路と小さな谷を挟んだ反対側には、
西方院 という古刹があります。
ここには聖徳太子の3人の乳母が祀られています。

乳母は善信尼(しまめ)・禅蔵尼(とよめ)・恵善尼(いしめ)という、
日本最初の出家尼僧です。

乳母たちは聖徳太子亡き後も近くで菩提を弔いたいと、
御廟の向かいに堂を建て、阿弥陀如来を祀って、
末永く太子に寄り添ったのがこの西方院です。

西方院 の山門前から叡福寺の御廟が望めることに、
不思議な感動を覚えました。

西方院山門
阿弥陀堂
西方院門前から正面に叡福寺の太子御廟が望める

竹内街道(難波~飛鳥)と呼ばれる町並みも電線の地中化が進んでいて、 爽やかな散策には最適の街並みでした。