伊賀巡拝(3)常福寺・新大仏寺

常福寺は長谷寺の末寺で1300年の歴史がある古寺ですが、
約400年前に焼失後、紀州根来の宥俊法印がこの寺を復興し、
中興の祖と仰がれています。
本尊は五大明王で、
不動明王を中心として、
東に降三世明王・南に軍荼利明王・西に大威徳明王・北に金剛夜叉明王が祀られています。

境内の大木は伊賀の三大広葉杉の一つで、
2月に巡拝した滝仙寺と龍性院に大杉が残っています。

若いご住職奥様が自ら除草機を操って境内前の草刈りをなさっていた手を止め、
「遠くからお参り有難うございます」と言ってたあと、
「子どもを迎えに行きますので、どうぞごゆっくりお参りください」とご親切に対応いただきました。

南無大日大聖不動明王

常福寺

新大仏寺

新大仏寺は約800年前に東大寺伊賀別所として建立されました。
ご本尊は快慶作の高さ約5メートル木彫大仏(重要文化財)です。

大仏殿には現在金色の釈迦如来立像がお祀りされています。
大仏様(盧舎那仏)は新大仏殿にて特別拝観にて拝むことができます。

また約6メートルの岩屋不動尊も拝むことができました。

お参りさせていただいたあと、
裏山を一周する西国三十三ケ所霊場めぐり道を約一時間かけて巡らせていただきましたが、
途中はとてもきつい高低差があり、充分修業感を味わうことが出来ました。

南無釈迦如来
南無大日大聖不動明王

ありがたき巡拝でした。

篠山城下町 9ヶ寺2社巡拝

丹波篠山の城下町 9ヶ寺2社を巡拝させていただきました。

<寺院 >
大国寺 高仙寺 宇土観音 誓願寺 文保寺 観音寺 尊寳寺 本経寺 来迎寺

<神社>
まけきらい神社(伏見稲荷大社みたいな鳥居がある)
篠山春日神社(国重要文化財の能舞台がある)

今回は安泰山 大国寺の「一仏三身」と呼ばれる珍しい薬師如来さまにお参りです。
藤原時代特有の光背、宝冠、蓮華座が揃った珍しい仏さまで、
阿弥陀さま、大日如来さま、持国天さま、増長天さますべてが国指定重要文化財で、さらに本堂も唐様と和様の折衷様式で国指定重要文化財なのです。

気さくなご住職から熱心にご説明いただき、五仏宝前にて写真まで撮らせていただきました。

難病患者会に関わっていることをお話しさせていただき、
ご住職もともに「難病患者さんの安寧」をご祈念下さいました。
ありがたい、ありがたい参拝でした。

また高仙寺に於いてもご親切に説明いただき、
お薬師さまや観音さまに「どうか難病患者に寄り添い下さい」とお参りさせてもらっていることを話しますと、
秘仏観音さまを見ていただけないことをひどく残念がっていただきましたが、
3年前にご開帳した写真を写すことをお許しいただきました。

ありがたいことでした。

天気にも恵まれ、その他篠山城下町周辺の7ヶ寺2社をお参りさせていただくことができました。

ありがたき巡拝でした。

合掌

大国寺

大国寺ご住職

高仙寺

高仙寺ご住職

宇土観音

誓願寺

文保寺

観音寺

尊寳寺

本経寺

来迎寺

まけきらい神社

篠山春日神社

ご朱印

古希になって感じるデジタル

古希になって感じるデジタルのこと
(長文なので読まなくていいです)

昭和48年(1973年)高野山大学を卒業しイヤイヤ寺を継ぐことになって寺で生きていけるようにするため先ずとりかかったのは、過去帳の整理と過去帳更新作業でした。

というのも父親(役場勤め兼業坊主)から役場に勤めるか先生を兼業して寺をやればいいと言われたのがいやで、坊主だけでやっていく手段として「日行参り」を始めようと思ったのです。

日行参りをするには少なくとも50回忌までの檀家さんの戒名と命日を日にち毎の順番に書き出す必要がありました。

そのため約10冊(1万余の戒名)から1月1日~12月31日まで書き出すのです。この作業をするついでとして過去帳を新しく書き写すということにしたのです。約一年気の遠くなるような作業を延々と行い、昭和49年過去帳の新調と命日の整理が完成し、「あしたご命日なのでお参りさせていただいていいですか?」と毎日アポ電を入れ日行を始めたのです。

日行参りは50回忌が済めば終了とし、当然新しいご先祖が増えると日行も始まります。なので日行参り表は常に更新する必要があります。
5年ほど経った頃、ちょうどパーソナルワープロという便利な物が登場してきたのです。これに過去帳を保存していくのですが、当時の5インチの大きなフロッピーに保存しても何枚も必要です。それでも10冊の過去帳に比べればはるかに編集が簡単でコンパクトにまとめられることに助けられました。

その後何台もワープロを乗り換え便利さも向上していったのですが、3年ほどしてパーソナルコンピュータが出始めてきました。始めて買ったパソコンはシャープMZ-80Bというものでした。独学でプログラムを書き何回徹夜したか、あの頃がとても懐かしく思い出されます。でも仕事というよりはゲーム感覚で遊んでいたように思います。

そこで当時出始めたNECのPC-8001に乗り換え、ここから完全に寺の過去帳はパソコンに移行することになりました。3.5インチのフロッピーでもかさばると感じるようになった頃出始めた外付けのハードディスクは容量40MBで食パンほどの大きさがありました。40MBといえば現在ではデジタル写真10枚くらいの容量ですが、それでも便利さに驚かされたものです。

昭和59年(1984年)から役場から請われ地元公民館で働くことになったときには使い古しのワープロをフル活用してすべての業務をこなすことに役立ってくれました。

公民館長をしながら昭和61年(1986年)から智弁学園和歌山校に講師として約7年間勤務する間も授業資料やテスト作成にPCは欠かせなくなりました。

ちなみにこの時点で「役場勤めも学校の先生もイヤや!」と言ってたにもかかわらず両方とも経験するのでした。(笑)

さて平成5年(1993年)から役場の那賀町教育委員会に招かれ約7年間勤務するのですが、この間ノートPCを役場で使っていた人はほとんどなく私がノートPCに向かっていると上司から「パソコンで遊んでる」と言われたものでした。
しかし多くの若い職員は私にパソコンの使い方を興味深く教えてほしいと寄ってきてくれました。

ある職員から消費税変更にともない「営業ゴミの持ち込み料に消費税をパソコンに組み込んでほしい」という依頼があり、汎用ソフトで消費税計算フォームを作成したこともあります。
今から考えると私の作ったソフトを公用PCに簡単に組み込めたというのも、自由な時代だったんだなあと感慨深いものがあります。
またこの頃からノートPCに現在ではあたりまえのカラーディスプレイが出回るようになってきたのは衝撃でした。

以来、「デジタル」という言葉が普及し、知ると知らざるに関わらず、使う使えないにかかわらず身の回りにはデジタルがあふれています。

古希になっても、日々寺務や患者会だけではなく、一人住まいになった今ではSNSでの交流などに役に立ち、デジタルを怖いと思わないことにありがたく対応できているのは、とりもなおさずお寺だけで生きていくと48年前に決めた「日行参り」が大きなきっかけだったのですね。

ただ、デジタル多用で衰えていく部分がたくさんあることも心しなければならないと、つくづく考える今日古希の誕生日なのです。
なので、これからもしっかり寺めぐりしい・・・と、子どもたちがmont-bellのウォーキングポールとシューズをプレゼントしてくれました。

長文お読みいただき感謝申し上げます。

2021年2月22日 PM2:22 気温22度
不動坊 良恒
合掌

2月22日 PM2:22 気温22度

伊賀の石薬師堂・正月堂巡拝

伊賀の石薬師堂へお参りー

薬師堂(元岩道寺)手前には県道を挟んで巨大な花崗岩に六地蔵が刻まれています。

石薬師堂はその県道の下にあって、ややもすれば見過ごしてしまいそうでした。

「難病患者に寄り添って下さい」との願いを込めてご真言をお唱えしたあと、

近くの古刹「観菩提寺 正月堂」(東大寺 実忠僧正創建)にお参りし、
ご朱印をいただいたあと裏山に祀られている「西国三十三観音霊場」も巡拝させて頂きました。
本堂は国宝で立派な構えでした。
ご本尊の十一面観音菩薩(2m高)は33年に一度しかご開帳されない秘仏だそうです。

その他、伊賀コリドールロード6ヶ寺お参りさせていただきました。

ありがたきお詣りでした。

南無薬師瑠璃光如来
南無観世音菩薩

合掌

左)弥陀三尊 右)薬師如来
石薬師磨崖仏
六地蔵磨崖仏
六地蔵
観菩提寺山門
観菩提寺 正月堂
観音山 西国三十三観音霊場巡り
観音さま
観菩提寺 正月堂正面
永保寺本堂
永保寺本尊
延寿院(赤目滝山上)
極楽寺(東大寺二月堂松明調達寺)
極楽寺全景
青雲寺(無住)
滝仙寺
滝仙寺這松
滝仙寺全景
鸕之宮神社参道階段百三十段
鸕之宮神社拝殿

浄瑠璃寺、岩船寺周辺リハビリウォーキング

晴れ間をぬって浄瑠璃寺、岩船寺周辺リハビリウォーキング🚶🚶🚶

岩船寺の裏山貝吹岩まで登ると木津川の流れと遠くに生駒山が望めました。
途中、石窟不動、穴薬師、ながおのあみだ石仏などを拝みながら浄瑠璃寺へ。
参道の茶店では元日桜(寒緋桜)が咲き始めていて、
三種のお味噌を使ったコンニャク田楽をいただきました。

この浄瑠璃寺の三重塔には薬師如来(重文)がお祀りされ、
向き合うように九体の阿弥陀さま(国宝)を収めた阿弥陀堂(国宝)があって、
「浄瑠璃世界」が表現されています。
こちらには三度目の訪寺でしたが、あらためて難病患者病気快癒を祈願させていただきました。

ちなみにこの日なぜか10人ほどお参りされていていつもより多く感じたのですが、
お店のご主人からー
「今朝、関西テレビのよ~いドン!で吉本新喜劇のあいちゃんが浄瑠璃寺の紹介してここでとろろご飯を食べてくれたのが放映されたんです」
そういうことで・・・。
納得しました。

南無薬師瑠璃光如来
南無阿弥陀仏

合掌

岩船寺三重塔
本陣山頂上の貝吹岩へ
もうすぐ貝吹岩へ
貝吹岩(ここからホラ貝を吹いたそうです)
貝吹岩からは木津川、遠くは生駒山が望めます
岩船寺石窟不動(重文)
穴薬師
穴薬師石仏
ながおのあみだ
ながおのあみだ
浄瑠璃寺門前茶店
茅葺きの横棟が茶店
元日桜(寒緋桜)

明けましておめでとうございます

柳生街道から笠置寺磨崖仏へ🚶🚶 🚶

明けましておめでとうございます。
コロナ禍のなか心晴れ晴れとした新年とは言いがたい令和3年丑年の年明けとなりました。

リハビリウォーキングを兼ねて、
柳生街道から笠置寺磨崖仏をお参りしてきました。

南無観世音菩薩
南無弥勒菩薩
南無地蔵菩薩

合掌

柳生街道、阿対の石仏へ
阿対の石仏
笠置寺へ
笠置寺山門
笠置山を一周して磨崖仏へ
お水取りの起源である「正月堂」
(東大寺には二月堂、三月堂があるが正月堂はない)
弥勒菩薩の大磨崖仏
弥勒菩薩
弥勒菩薩を仰ぎ拝む
大磨崖仏の胎内巡り
山頂のゆるぎ石
(敵の攻撃を受けたときに落とす石)
山城二の丸跡
磨崖仏地蔵菩薩
笠置山山頂から
ご祈祷米は七草粥に入れます。

合掌

奈良大和高取城跡へ登る

奈良大和高取城跡へボラボラ🚶🚶🚶

岡山松山城、岐阜岩村城、奈良高取城が日本三大山城と言われています。

はじめて登ってきましたー

高取山山頂に残る城郭と壮大な石垣には至極感動を覚え、
山城マニアの気持ちが分かるような気がしました。

麓の壺阪寺は参詣者が多く見られましたが、
高取城跡山上はそれほど人出もなく本丸は紅葉映え、
眼下遙か遠くに吉野を望む高取城跡でした。

高野山の裏道玉川峡へボラボラ

弘法大師が唐から帰国し高野山に登る途中――――

山道の険しさに杖を作るために近くの竹藪で竹を切って杖にしました。
その村は現在「杖ヶ薮」と呼ばれています。
弘法大師はそこから少し登ったところで、
突然の夕立に遭い衣を濡らしてしまいます。
そのとき道沿いにあった大岩に衣を干しました。

村人はその岩に「御衣干岩」と名付けたのです。

「ポツンと一軒家」で放送された山んなかです。

奥に長い巨岩です
「ポツンと一軒家」で放送された山ん中
玉川峡

音羽山観音寺参拝

NHKのEテレで再放送されている『やまと尼寺 精進日記』の舞台奈良桜井にある音羽山観音寺にお参りしてきました。
約1時間急坂を約1時間登ると寺の階段と本堂の屋根が目に入ってきます。
本堂ではご住職が勤行中で、その間同座させて頂き、お勤めが終わったあと、少しお話をさせて頂きました。

「遠く紀の川市からようこそ。森田さんのことは慈瞳さんからお話は伺っていました・・・」と。穏やかなご住職とお話しができてなによりでした。

3月までここで副住職を務めていたのが、娘の辻純令と尼僧学園で同期の佐々木慈瞳さんです。残念ながらお目にかかれませんでしたがー。

とりわけ眼病に霊験あらたかな観音さまがご本尊です。
※ちなみにかなりきつい坂の連続です。

予約をすれば精進料理をいただくこともできます。

南無観世音菩薩
合掌

近くなのに知らなかった名刹ー

叡福寺

叡福寺は聖徳太子の御廟があるその名も南河内太子町にある名刹です。
太子が49歳で亡くなった後、御妃と、母公と共に埋葬され、推古天皇よりこの地を賜り、霊廟を守る香華寺として僧坊を置いたのが始まりだそうです。

叡福寺参道
正面が聖徳太子御廟
本堂
多宝塔
御廟へ
御廟

西方院

叡福寺の前の道路と小さな谷を挟んだ反対側には、
西方院 という古刹があります。
ここには聖徳太子の3人の乳母が祀られています。

乳母は善信尼(しまめ)・禅蔵尼(とよめ)・恵善尼(いしめ)という、
日本最初の出家尼僧です。

乳母たちは聖徳太子亡き後も近くで菩提を弔いたいと、
御廟の向かいに堂を建て、阿弥陀如来を祀って、
末永く太子に寄り添ったのがこの西方院です。

西方院 の山門前から叡福寺の御廟が望めることに、
不思議な感動を覚えました。

西方院山門
阿弥陀堂
西方院門前から正面に叡福寺の太子御廟が望める

竹内街道(難波~飛鳥)と呼ばれる町並みも電線の地中化が進んでいて、 爽やかな散策には最適の街並みでした。

新緑の吉野山を歩く

リハビリウォーキングをかねて新緑の吉野山、金峯山寺蔵王堂から如意輪寺ま往復約7㎞歩きました。
蔵王堂~東南院~如意輪寺。。。

蔵王堂の国宝仁王門は修復中でした。
伽藍に上がって、国宝本堂蔵王堂の大きさに圧倒されました。

修験道の修行者たちは、長きに渡りこの本堂で大峰奥駆への行成満祈願をしたのでしょう。

吉野山には寺巡りもあります。
その一つの東南院は土産物屋さんや旅館が並ぶ道沿いにあります。

如意輪寺は中千本の途中から一つ峰を約2.3㎞ほど別れた所にあり、
多宝塔からは谷を一つ挟んで遠くに蔵王堂を望むことができます。

有り難いお詣りとリハビリウォーキングでした。
合掌

蔵王堂

東南院

如意輪寺

リハビリウォーキング、岩湧寺へー

河内長野にある1300年以上前に建てられた元々天台宗のお寺です。
現在は融通念仏宗のお寺です。
多宝塔は国の重要文化財で、大日如来(国の重要文化財)がご本尊です。
境内にそびえる老杉は大阪みどりの百選に選定されているそうです。

往復約3㎞の山道を歩くことができました。

合掌

本堂
多宝塔