土寺小屋と護摩焚き

新しき元号にも皆さまが平和であり、健康でありますようにー安寧を祈願して護摩を焚きました。
   *
きょうは土寺小屋の日で、写仏教室でした。
御弥津は副住職手づくりのーゴマ豆腐の黒蜜きな粉がけ…でした。

ありがたや 不動のまもり 瑞宝山
和道副住職が護摩前行
ありがたき法炎
土寺小屋
御弥津は副住職手づくりのゴマ豆腐
黒蜜きな粉がけ
写仏教室
写仏教室

第一地蔵菩薩の祠堂落慶法要

西国街道六地蔵のうち、第一地蔵菩薩の祠堂落慶法要がー
不動寺辻和道副住職読経のもと営まれました。

地域の人たちが長きにわたり守り続けてきたお地蔵さまです。

この先は、茶屋町の「右高野山大門五里」を道しるべにー
「釈迦堂」を過ぎれば急坂が続きます。

これからも地域の人のみならず、この地を通る善男善女人を御守りくださいますように。。。

南無地蔵菩薩
おん かかかび さんま えい そわか

南無釈迦牟尼仏
のうまく さまんだ ぼだなん ばく

合掌

落慶法要

茶屋町に佇む「右高野山大門五里」の道標

昔の旅人はー
この「釈迦堂」を過ぎ、麻生津峠を目指して急坂を上って行きました。

南無大師遍照金剛

第一地蔵尊祠あす正御影供に落慶法要

私が住んでいる地域は「麻生津(おおず)」と呼ばれ、
大和街道から高野辻というところから分かれ、
紀ノ川を渡って高野山に通じる西高野街道(西国街道) にあたります。

当寺はここで頻繁に舟が往来することから、
もともと「大津」であったものがやがて「麻生津」と書かれるようになりました。

麻生津で舟を下りるとすぐに高野山への六地蔵のうちの第一番のお地蔵さまが出迎えてくれます。
茶屋町で一休みしさらに山道を登ると横谷という地域に第二の地蔵さまが、
そして息も切れるような急坂を上り麻生津峠に着くと、
第三のお地蔵さまが出迎えてくれます。
この峠には「茶湯観音」と呼ばれるお堂があり、
巡礼の人たちはここで一休みをし、
納骨で高野登りする人たちはこの観音様の前で「お茶湯」して故人の冥福を祈りました。

うちの村には、なんと六地蔵のうち三地蔵があるのです。

さてその第一地蔵さまの祠が昨年の21号の巨大台風により全壊したため、
地域の方たちのご尽力により勧進が呼びかけられ、
おかげさまで明日4月25日(旧暦3月21日)の正御影供に落慶法要が営まれることになりました。
(この日は第二地蔵尊でも法要があります。)

新しくなった祠に納まった第一地蔵尊も、さぞやお慶びのことでしょう。


西高野街道の第一地蔵尊(北涌地区)


西高野街道の第二地蔵尊(横谷地区)

西高野街道の第三地蔵尊(赤沼田地区)

第三地蔵尊の向かいにある茶湯観音

弘法大師作と伝えられる麻生津峠の「茶湯観音」

南無地蔵菩薩
おん かかかび さんまえい そわか
合掌

平成31年4月の国宝巡拝ー

中将姫が蓮の糸で一夜にして編み上げたと伝えられる
国宝當麻曼荼羅を拝しに當麻(たいま)寺へー


こんなに近くなのに20年ぶりのお詣り―

境内や塔頭寺院ではちょうど牡丹やシャクナゲなどが咲き始めていました。

ご本尊、当麻曼荼羅をお祀りする曼荼羅堂(本堂)や、
阿弥陀如来をお祀りする講堂、
国宝弥勒仏をお祀りする金堂は圧巻でした。
千仏院庭園で龍の天井画が描かれた聖観音堂を拝しー
少し暑く感じられる境内での散策の歩を止め、
中之坊の重文の書院で美味しいお抹茶をいただきました。

ありがたくすがすがしいお詣りでした。
合掌

當麻寺山門
當麻寺曼荼羅堂
中将姫剃髪堂
日本最古の當麻寺梵鐘(国宝)
當麻寺奥院
東西2塔
西南院の西塔
當麻寺西南院は「関西花の寺」第21番霊場
西南院の牡丹
日傘牡丹
日傘牡丹
當麻寺の三鈷の松
三鈷の松2本見つけた
中之坊の重文の書院でお抹茶をいただく

ありがたいお詣りでした。
合掌

高野山女人堂と徳川霊台ご案内

土寺小屋の遠足で高野山参拝。
明治5年まで女人禁制だった高野山に入山できない女性のために建てられたいわゆる「こもり堂」のこと。
高野七口というそれぞれの山内入り口にあったもので、現在は不動坂口の女人堂だけが残っています。
かつて越後国の旅籠「紀伊國屋」の小杉という娘が苦労の末、高野山に来たものの山内には入れなかったためここに「こもり堂」という庵を結び、奥の院の弘法大師に手を合わせていたと言います。
これがのちに「女人堂」と呼ばれたのです。

女人堂

スギ花粉のかたまりが降る中で女人堂ご案内

徳川家霊台

高野山東照宮とよばれる徳川家霊台は徳川家康と秀忠を祀る霊屋で、1643年に竣工しました。
もともと大徳院という寺院の境内に建てられたものですが、今は向かって右に家康、向かって左に秀忠が祀られる霊屋のみが残っています。

徳川家霊台ご案内

土寺小屋で春の遠足ー

今年も高野山へ。。。
純令がご詠歌舞踊を奉納する高野山大師教会での全国奉詠舞大会にあわせて、
遠足、遠足🚶🚶🚶
お昼は無量光院で美味しい精進料理をいただき、
そのあとは~
みんなが行ったことのない女人堂と徳川家霊台を観光しました。。。
車の中・・・・にぎやかで楽しかった!!!

純令の奉納詠舞
高野山大師教会
和道副住職と純令
無量光院ー
本堂が立派になっていた。。。
美味しい精進料理
若き修行僧にお給仕していただきました。。。
女人堂
明治の初めまで女性はこれ以上山内には入れませんでした。
徳川家霊台山門
かつては大徳院というお寺の境内でした。。。
向かって右に家康霊屋
向かって左に秀忠霊屋

35年前の桜のころの思い出


-愛犬を高野山へ-

若いころ、道ばたで子犬を拾い、飼っていました。
そこで名前は「ヒロタ」と名付けました。
やがて成長して大きくなってくるとシェパードの雑種のようで、可愛くてよくなついてくれました。
それとともにたくましくもなっていました。
       *
そんなとき、家の前を散歩するご夫婦の奥様に噛みつくという事件が起きました。
近所の子どもたちにも大事にされていて、
こんなことは初めてのことでした。
幸い噛み傷はそれほど大きくなく大事に至らず、
丁寧に謝罪しお許しをいただいたのです。
       *
しかし、かつて『一度人を噛んだ犬は、また噛む』と聞いたことを思い出した私は、
結局ヒロタを手放す覚悟をしました。
できるだけ遠くにと考え、心の中で、
― 食べ物に不自由しないところ ― 
と、思いついたのは私が暮らした高野山でした。
       *
ちなみにー
弘法大師を高野山に案内したのが白黒の犬だったという伝えから、明治初め頃まで唯一飼うことを許された動物が、
犬だけだったのです。
       *
私はヒロタを車に乗せ、高野山の大門近くで、
「元気に暮らせよ」といって放し、別れました。
ヒロタは私の車を追いかけてきました。
ひどいことをしてる自分を責めました。
       *
それから3年後ー
高野山にのぼったときのことです。
山上でもほとんど通ることのない小田原通りを偶然走っているとき、見覚えのあるヒロタと目が合ったのです。
私は車の中でしたので窓を開け「ヒロタ」と呼ぶと、
ヒロタは車のドアを前足でかきつくように、
よじ登るようにして哀しい鳴き声で差し出す私の手を舐めてきたのです。
「元気やったか、ヒロタ。ごめんな」といいながら私の涙は止まりませんでした。
すぐヒロタを車に乗せ家に連れ帰り、
再び飼うことにしたのです。
       *
数年後ー
老犬となったヒロタはヨロヨロしながら、
私が草むしりをしているそばに来て、
か細い声で鳴きながら寄り添うように息を引き取りました。

まるで「ここで飼ってくれてありがとう」と言っているように思ったのです。

合掌

ヒロタ

西国巡礼 平成31年4月2日

第14番 三井寺

近江八景で有名な「三井の晩鐘」があるお寺です。
桜はチラホラでしたが、夜桜のライトアップも始まっていました。

三井寺山門
三井寺観音堂
参道のお地蔵さまに孫がお賽銭投入ー
三井寺三重塔
三井の晩鐘<近江八景の一つ>

第11番 醍醐寺

世界文化遺産に登録されている有名なお寺で、
「醍醐の桜」でとても名高いお寺です。
桜はほとんど満開でした。
今日もアジアからのお客様で大変な人出でした。

醍醐寺の花見は人ひとアジア人。。。
醍醐寺仁王門
醍醐寺観音堂の桜
准胝観音堂前の桜も満開
醍醐寺金堂
桜に映える五重塔
醍醐寺三宝院庭園
三宝院唐門(国宝)

ありがたくお詣りさせていただきました。
合掌

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西国巡礼 平成31年4月1日

第30番 竹生島宝厳寺

琵琶湖の竹生島にある札所で、170段ぐらいの階段を上ります。

竹生島宝厳寺本堂
宝厳寺三重塔
龍神拝所、白いのはかわらけ。
鳥居の隙間を通れば願いが成就します。
竹生島桟橋で孫たちー
お参りをすませて竹生島を出航

第32番 観音正寺

裏山駐車場まで上ってお参りしました。
山上は雪でしたが、住職の丁寧な説明と、
ご本尊と直に触れさせていただきました。

観音正寺裏山駐車場山門
<参道に>はい!わかりましたー
観音正寺仁王口
和道さんは護摩堂にお参りー
再建された観音正寺本堂
ご本尊はインドから運ばれた強大な白檀で造られた千手観音に
直接触れさせていただきました。
ご本尊に触れられるのはここだけです。
巨石一つ一つが仏さま
子どもたちに竹とんぼを下さり、
飛ばし方まで伝授。。。
このあと雪が本降りになりました。

寒かったけど、ありがたいお詣りでした。
合掌

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護摩焚き法要無魔勤修いたしました

護摩焚き法要、無魔勤修いたしましたー

皆さまの安寧を祈願し、心込めて勤めさせていただきました。
終了後はー
きび糖で炊いた小豆あんでぼた餅をつくり、
お接待させていただきました。

本堂には、ツバメ🐦も参ってくれました。

護摩焚き法要
きび糖で炊いた小豆あんでぼた餅のお接待
砂糖を控えたのでどうですか?
「おいしいです」って。。。
「ほんまにうまいで~」
昨年の台風で大きく枝を払っても、咲いてくれました。
椿も咲いています。

お彼岸の入りーぼた餅と法話

お彼岸の入りにぼた餅を作って、自宅の仏前にお供えしました。
ご先祖のことではなく、
お下がりとしていただく自分自身の体のことを考え、
甘みの少ないお砂糖控えめに仕上げました。

あんを炊いてます。
あんが炊けました。
仏前にお供えしました。合掌

彼岸の法話

お彼岸ですねー
― 子は親の背中を見て育つ ―

<20年以上前のことです>
一家の大黒柱が難病を患い、徐々に悪化して小腸切除、脳内炎症、片目眼球摘出と、絶望の日々を過ごさざるを得なくなりました。

奥様から相談を受け、私が患者訪問したときには、
「難病の会の人なんかに会いたくない」と言って、
ご主人は会ってくれませんでした。

やがて子どもたちにも当たり散らすようになって、
家の中がめちゃくちゃになりかけたこともありました。
奥様は、ご主人の収入がなくなったためパートに出て、
3人の食べ盛りの子どもさんを育てながら、
ご主人には病気が進まないよう体によい食事を考え、
懸命に生きていました。

数年後、いただいた奥様からの手紙には、
「長男は家の経済的なことを考え、手に職をつけると公立専門学校に入学しました。
 長女は私たちの姿を見ていたのか、病気の人たちの役に立ちたいと看護学校に通っています。
 下の子はスポーツにと、子どもたちは毎日のように笑顔をくれます。」
と書かれていました。
なんと素晴らしい子育てなんだろうと、
感動したことを覚えています。

    *

私たちは好むと好まざるに関わらず、
現実を受け入れながら生きていかなければなりません。
それがいばらの道であっても、きれいな花の道であっても・・・

でも、どちらかと言えば、きれいな花の道より、
いばらの道を歩んでいる方が、
学ぶことも、教えられることも多く、
子どもたちも両親の姿を見て、しっかり育つような気がするのです。

この子たちこそ弱い立場の人を思うことのできる、
心豊かな優しい人間に成長していると思うのです。

    *

彼岸は「あの世」ではなく、
優しさに包まれた人間があふれ、
誰もが笑顔でいきいきと生きられるー
この社会のことなのです。

合掌

福井県で唯一の国宝建造物がある明通寺へお詣りー

小浜市にある真言宗明通寺は、坂上田村麻呂が天下泰平を祈念して、
今から1200年あまり前に建立したお寺です。
茅葺きの本堂は国宝で、安置されているご本尊は国の重文指定の薬師如来です。
薬師三尊は本来、日光菩薩と月光菩薩を脇仏としていますが、
ここは降三世明王と、孫悟空に出てくる沙悟浄のモデルと言われる深沙明王が脇仏で、ともに2.5mほどの高さのあるとても立派なものでした。

本堂の脇の階段を上ったところには、思わず手を合わせたくなる国宝の三重塔が厳かにそびえています。

福井県に二つしかない国宝建造物がここ明通寺の本堂と三重塔なのです。

ありがたい国宝巡礼でした。

合掌

ついでと言っては申し訳ないのですが、せっかく若狭に来たので、
常高寺と空印寺へお詣り。

常高寺は、浅井家三姉妹の生涯を描いた、NHK大河ドラマ「江(ごう) 姫たちの戦国」にご縁のあるお寺(次女お初が建立)。
さらに、ここはNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」のロケ地でもあります。

空印寺は、不老長寿の伝説で有名な「八百比丘尼」が入定した岩窟のあるお寺です。
少女の姿のまま成長し、120歳で出家、その後諸国に道路や橋を架け、信仰と徳道を説き、八百歳になったとき大好きな椿の花の下にある空印寺の岩窟内で入定された伝説があります。
この岩窟前で祈れば不思議な霊験が現れると言われています。

法事に出仕するため忙しくされていたご住職が、わざわざ岩窟の門扉を開けてくださいました。
法事から帰られたら早速本堂を開けてくださり、八百比丘尼像の前に案内してくれました。
ご住職、本当にありがとうございました。

明通寺 参道案内石
明通寺 山門への参道
明通寺 本堂への参道
明通寺本堂と三重塔

明通寺三重塔
明通寺客殿(重文 不動明王)

■せっかく若狭に来たので、常高寺と空印寺へお詣りー

常高寺楼門
浅井家三姉妹
当時の大河ドラマPRポスター

常高寺階段にある「ちりとてちん」のロケ紹介看板

■空印寺へお詣り

八百比丘尼が祀られる空印寺本堂
空印寺本堂に祀られる八百比丘尼像
八百比丘尼入定岩窟
八百比丘尼の入定岩窟入り口
岩窟内部と八百比丘尼墓碑

たのみなば いのちのほどや ながからん
いわまのしずく つきぬかぎりに

弥勒寺の峯山百体観音参拝

御所市にある真言宗弥勒寺の峰山百体観音へお参りしました。
御所市といっても五条市に近いので京奈和道で約30分で到着しました。

国道24号の道沿いに看板が立っているので、あることは知っていたのですが、
今まで訪れることはありませんでした。

百体観音は峯山という山を取り巻くように、西国・秩父・坂東の各観音霊場の石像ご本尊をそれぞれ祠に納めてお祀りしています。

私は百体観音が弥勒寺の境内にあるものと思っていたので、まさか山登りすることになるとは思ってもいませんでした。
途中には昨年の西日本豪雨で一部山崩れ、祠の崩落のところもありましたが、
仮修復されいて、おかげさまで一周お参りすることが出来ました。

めくるまに 宿世(すくよ)の罪も消えはてて 
福寿む里う(むりょう)の 人となるらん

<意訳>
一周お参りする間に、
この世の罪が消えてしまい、
数え切れないほどの福に満たされるんです。

しんどかったけど、ありがたいお詣りでした。
合掌

真言宗弥勒寺全景
案内看板
登り口は猪よけのフェンスの門がありました
百体観音(1)
百体観音(2)

粉河の十禅律院と、とんまか雛通りへ

車で5分ほどの近くにあるのに行ったことなかった十禅律院へお詣り。
千年ほど前、日吉山十禅師の勅により建立された庵。
寺守の女性が「よくお詣りくださいました。粉河寺にお詣りされても、ここに来られる方はあまりいません」と話してくれました。
和歌山徳川藩主が好んだ葛城山を背にした借景庭がひっそりと佇んでいました。

ちなみに粉河寺門前通りでは、お店や民家がそれぞれお雛飾りを陳列する「とんまか雛通り」が開催されていて、とりわけ文化財指定を受ける山崎邸では近代和風建築と共に各部屋の見事な雛飾りを見ることができました。

合掌

粉河寺本堂(国宝)境内の河津桜
十禅律院山門
十禅律院本堂
本堂内のご本尊阿弥陀如来
庫裡では高校野球選手の必勝祈願お写経の準備
本堂横の借景庭
十禅律院の雛飾り
山崎邸大広間の床雛飾り
日本でも有数の大型古雛
山崎邸2階の雛飾り
2壇多雛飾り
丸窓壁から見る雛飾り

山崎邸2階の雛飾り