四国88ヶ所修業の地高知36~39番巡拝

四国88ヶ所修業の地高知36~39番巡拝

自宅から片道約530㎞の足摺岬を目指して、

36番 青龍寺
37番 岩本寺
38番 金剛福寺
39番 延光寺

4ヶ寺巡拝させていただきました。

途中歩き遍路の方数名と出会いました。
なかには外国の若者も同行二人の金剛杖をつきながらお参りされていました。

やはりこの歩き遍路の皆さんには、
ほんとうに頭が下がるとともに心から合掌しました。

修業の地高知で最も遠くにある札所を巡らせていただいたことに心から感謝いたします。

同行二人
南無大師遍照金剛


また延光寺醫王殿の薬師如来にはー
「難病患者に寄り添い下さい」との願いを込めて読経させていただきました。
ちょうど、目のご不自由な奥様をお連れしたご夫婦が巡拝されていました。
「お気をつけて・・」とお声かけさせていただきました。


ありがたき巡拝でした。
合掌

青龍寺

青龍寺山門
青龍寺参道
青龍寺多宝塔
青龍寺大師堂
青龍寺大師堂

岩本寺

岩本寺山門
岩本寺本堂
岩本寺大師堂
岩本寺境内

金剛福寺

足摺山 金剛福寺
金剛福寺本堂
境内観音像
金剛福寺大師堂
金剛福寺境内
足摺岬灯台
足摺岬展望台から金剛福寺多宝塔を望む

延光寺

延光寺山門
延光寺醫王殿 南無薬師瑠璃光如来
延光寺本堂
延光寺大師堂
目のご不自由な奥様を連れて四国巡拝されていました。
延光寺庭園
延光寺由緒の赤亀

獅子窟寺参拝

大阪に5つしかない国宝仏像の中の一つ

標高320メートルの山腹にある国宝薬師如来をお祀りする獅子窟寺。

去年に続いて今年も大祭は中止となりましたが、
今年も参拝ー

住職は同級生の仲良し、
今年も歩いてお参りさせてもらいました。

ご宝前では読経、ご真言をお唱えし、
「難病患者に寄り添い下さい」との祈念を捧げてきました。

住職と懐かしい話しに花が咲きました。
ビールを薦めてくれて飲みたかったけどアカン!アカン!
お茶にしました。

南無薬師瑠璃光如来
合掌

ご一緒にお参りしませんか。(6倍速です)
本堂
ご本尊国宝薬師如来
弁財天
獅子の岩
お大師さんの水
ニコニャア~~~
市街一望
住職の峰明さん「お茶でええか?」
おやくしさん

伊賀巡拝(3)常福寺・新大仏寺

常福寺は長谷寺の末寺で1300年の歴史がある古寺ですが、
約400年前に焼失後、紀州根来の宥俊法印がこの寺を復興し、
中興の祖と仰がれています。
本尊は五大明王で、
不動明王を中心として、
東に降三世明王・南に軍荼利明王・西に大威徳明王・北に金剛夜叉明王が祀られています。

境内の大木は伊賀の三大広葉杉の一つで、
2月に巡拝した滝仙寺と龍性院に大杉が残っています。

若いご住職奥様が自ら除草機を操って境内前の草刈りをなさっていた手を止め、
「遠くからお参り有難うございます」と言ってたあと、
「子どもを迎えに行きますので、どうぞごゆっくりお参りください」とご親切に対応いただきました。

南無大日大聖不動明王

常福寺

新大仏寺

新大仏寺は約800年前に東大寺伊賀別所として建立されました。
ご本尊は快慶作の高さ約5メートル木彫大仏(重要文化財)です。

大仏殿には現在金色の釈迦如来立像がお祀りされています。
大仏様(盧舎那仏)は新大仏殿にて特別拝観にて拝むことができます。

また約6メートルの岩屋不動尊も拝むことができました。

お参りさせていただいたあと、
裏山を一周する西国三十三ケ所霊場めぐり道を約一時間かけて巡らせていただきましたが、
途中はとてもきつい高低差があり、充分修業感を味わうことが出来ました。

南無釈迦如来
南無大日大聖不動明王

ありがたき巡拝でした。

根来に縁深き三国瀧谷寺巡拝

約600年前ー
紀州根来寺にて新義真言を学んでいた睿憲上人が
さらに奥義を究めようと中国に渡る途中、玄界灘で船は難破し、
ついには思わぬ越前の海岸に漂着したのです。

結局、
上人は渡航をあきらめこの﨑浦海岸近くに一宇を建立し薬師如来をお祀りしたのです。
このお寺がここ瀧谷寺のはじまりなのです。

紀州と縁深き睿憲上人の「衆生済度」の篤い志念は多くの人々を救い、
そして今も多くの参拝者が絶えないのです。

ご住職に「わざわざ遠くから有難うございます」とお言葉も戴き、
本堂瑠璃殿にてご真言をお唱えし、
「難病患者に寄り添い下さい」とご祈念させていただきました。

ありがたき巡拝でした。

南無薬師瑠璃光如来
南無大師遍照金剛

合掌

ちなみに瀧谷寺参道は「椿の花参道」として有名で、
山門の右手、瑠璃殿まえの「前石庭」と本堂裏の「竜泉庭」は
国の「名勝庭園」にも指定されています。

ちょうど境内の桜が満開にちかく、
この季節に瀧谷寺に来ることができてほんとうによかったと
ただ感謝の一日でした。

  *

帰りには境内の残雪深い永平寺にお参りさせていただきました。
コロナ禍で内拝はできませんでしたが、
ご朱印を戴いたあと、
普段見ることができない山内で一番古い巨大山門を拝むことができました。

合掌 拝

瀧谷寺

山門
椿の花参道
本堂瑠璃殿
本尊 薬師如来
観音堂
前石庭
竜泉庭
龍泉庭
総門から参道を望む

永平寺

残雪いっぱい
永平寺山門(五百羅漢が祀られている)
山門の四天王
山門の四天王
永平寺唐門
瀧谷寺と永平寺のご朱印

四国八十八ヶ所高知24~30番巡礼

四国八十八ヶ所高知24~30番巡礼

高知は「修行の地」と呼ばれるだけあって距離的にとても広くて遠いのです。

また室戸岬にある24番最御崎寺から25番津照寺、26番金剛頂寺、27番神峯寺はそれぞれ150段~200段ぐらいの階段を上る必要があります。

ちなみに私は車巡礼ですが、緊急事態宣言が解除されてなのか途中数名の歩き遍路さんとすれ違いましたが、
とてつもない距離を自分の足で巡礼される姿に、 私は思わずその方々に手を合わさせていただきました。
敬意以外言葉がないのです。

このあと高知市内に入り28番大日寺、29番国分寺、30番善楽寺をお参りさせていただきました。
28日には自坊の護摩焚き法要があるためここで帰宅の途につきました。

ありがたき巡拝でした。
南無大師遍照金剛
合掌

この巡拝ではー
金剛頂寺のご本尊は秘仏薬師如来です。
本堂の瑠璃光殿には立派な薬師如来のお前立ちがお祀りされています。
また国分寺金堂には2体の薬師如来がお祀りされ、国の重文です。
さらに大日寺奥の院にお祀りされる「爪彫り薬師」は、
空海が楠の大木に薬師如来を刻まれたと伝えられています。

「難病患者に寄り添い下さい」との願いを込め、ご宝前にて経を上げさせていただきました。

南無薬師瑠璃光如来
合掌

24番 最御崎寺

25番 津照寺

26番 金剛頂寺

27番 神峯寺

28番 大日寺

29番 国分寺

30番 善楽寺

土佐神社(善楽寺隣)

甲賀三大仏と薬師如来巡拝

甲賀三大佛ー
 ・大池寺 釈迦如来座像
 ・櫟野寺 薬師如来座像
 ・十楽寺 阿弥陀如来座像

三体とも丈六(立ち上がれば約5メートル)の日本最大級の仏さまに、
東日本大震災から10年目の慰霊に、お逮夜参りをさせていただきました。

そして他の参拝者がおられないこともあり、それぞれ三ヶ寺にお祀りされている薬師如来さまに「難病患者に寄り添い下さい」と、経を上げご祈念させていただくことができました。

大池寺は釈迦如来大佛もさることながら、小堀遠州作の蓬莱庭園がとりわけ有名で、奥様が座敷のガラス戸をすべて開け放ってくださり、お抹茶のお接待までいただくことができました。

また、十楽寺でもは奥様からとても丁寧な諸仏のご説明をいただきました。
紀州の田舎寺の住職であることをお話しすると
お土産まで持たせてくれました。

本堂内の写真撮影の許可も下さり、ありがたい限りでした。

十楽寺は摩耶夫人のお寺としても有名で、
日本に2体しかないといわれる、お釈迦様が母摩耶夫人の脇から生まれ出る像(重要文化財)もお祀りされていました。

ありがたくも感慨深い巡拝でした。

南無釈迦牟尼佛
南無薬師瑠璃光如来
南無阿弥陀佛

合掌

大池寺

大池寺全景
大池寺正面
ご本尊釈迦如来座像
大池寺ご本尊釈迦如来座像
平成になってからお祀りされている薬師如来
奥様が私のためにガラス戸を開け放ってくれました。
蓬莱庭園(小堀遠州作)
可愛いお干菓子とお抹茶のお接待ー感謝

櫟野寺

櫟野寺参道
櫟野寺山門前千体佛
櫟野寺本堂
薬師如来丈六大佛(写真集より)

十楽寺

十楽寺山門
十楽寺境内
十楽寺本尊丈六の阿弥陀如来座像
十楽寺の薬師如来
十楽寺の奥様にご親切にしていただきました。
摩耶夫人釈迦誕生像(右脇から誕生する釈尊)
三大佛ご朱印
甲賀三大佛めぐり

東日本大震災から10年

東日本大震災から10年を迎えメディアでは特別番組が報道されています。

そんななかー

JPA(日本難病・疾病団体協議会)が2013年から実施してきた「福島を肌で感じるツアー」の立派な記録誌が届きました。

謹んで私のコラムを掲載させていただきます。

編集スタッフのご努力に心から感謝申し上げます。

合掌

 2011年3月11日、東日本大震災発災のテレビ報道で閖上浜から大津波が仙台空港に押し寄せるのを見て、東北大学病院に入院するため生後二ヶ月の難病の子どもを抱いて仙台空港に降り立ったときのことが脳裏をよぎりました。
 「この子は半年の命」と言われた子どもが5歳まで生きられたのは仙台で3度の手術をしていただいたおかげでした。なにがしかのお手伝いをしたいと思い震災翌日心ばかり寄付はしたものの、慰霊の気持ちはあっても現地に足を運ぶことはできませんでした。
 というのは子どもが亡くなった後、妻をガンで亡くし、再婚した後添えの妻はパーキンソン病の診断を受け、看病と介護の日々が大震災以前から約10年続いていたのです。
 JPAが主催するこのツアーが2013年から行われていたことは知っていたのですが、結局私が参加できたのは第6回目ツアーでした。
 いまだ放射線量の高い川俣町や浪江町を通り、延々と築かれた復興護岸堤防の閖上浜に到着したとき、数え切れない犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑が目に入ってきました。
 私は近くの日和山に登り卒塔婆が建てられた山上で、多くの御霊に対し「遅くなって申し訳ありませんでした」との思いで真心こめて理趣経、般若心経を読経させていただきました。
 そのとき私の脳裏には突然巨大津波に襲われ人の力で何一つあらがうことのできない状況で苦しむ人々の命の絶叫が絶え間なく現れては消え、消えては現れるのです。読経しながら坊主として泣いてはいけないと思いながらも辛い胸の痛みは、5歳の子どもと二人の妻を亡くした私の過去とも重なり、涙を抑えることができませんでした。
森田良恒

篠山城下町 9ヶ寺2社巡拝

丹波篠山の城下町 9ヶ寺2社を巡拝させていただきました。

<寺院 >
大国寺 高仙寺 宇土観音 誓願寺 文保寺 観音寺 尊寳寺 本経寺 来迎寺

<神社>
まけきらい神社(伏見稲荷大社みたいな鳥居がある)
篠山春日神社(国重要文化財の能舞台がある)

今回は安泰山 大国寺の「一仏三身」と呼ばれる珍しい薬師如来さまにお参りです。
藤原時代特有の光背、宝冠、蓮華座が揃った珍しい仏さまで、
阿弥陀さま、大日如来さま、持国天さま、増長天さますべてが国指定重要文化財で、さらに本堂も唐様と和様の折衷様式で国指定重要文化財なのです。

気さくなご住職から熱心にご説明いただき、五仏宝前にて写真まで撮らせていただきました。

難病患者会に関わっていることをお話しさせていただき、
ご住職もともに「難病患者さんの安寧」をご祈念下さいました。
ありがたい、ありがたい参拝でした。

また高仙寺に於いてもご親切に説明いただき、
お薬師さまや観音さまに「どうか難病患者に寄り添い下さい」とお参りさせてもらっていることを話しますと、
秘仏観音さまを見ていただけないことをひどく残念がっていただきましたが、
3年前にご開帳した写真を写すことをお許しいただきました。

ありがたいことでした。

天気にも恵まれ、その他篠山城下町周辺の7ヶ寺2社をお参りさせていただくことができました。

ありがたき巡拝でした。

合掌

大国寺

大国寺ご住職

高仙寺

高仙寺ご住職

宇土観音

誓願寺

文保寺

観音寺

尊寳寺

本経寺

来迎寺

まけきらい神社

篠山春日神社

ご朱印

古希になって感じるデジタル

古希になって感じるデジタルのこと
(長文なので読まなくていいです)

昭和48年(1973年)高野山大学を卒業しイヤイヤ寺を継ぐことになって寺で生きていけるようにするため先ずとりかかったのは、過去帳の整理と過去帳更新作業でした。

というのも父親(役場勤め兼業坊主)から役場に勤めるか先生を兼業して寺をやればいいと言われたのがいやで、坊主だけでやっていく手段として「日行参り」を始めようと思ったのです。

日行参りをするには少なくとも50回忌までの檀家さんの戒名と命日を日にち毎の順番に書き出す必要がありました。

そのため約10冊(1万余の戒名)から1月1日~12月31日まで書き出すのです。この作業をするついでとして過去帳を新しく書き写すということにしたのです。約一年気の遠くなるような作業を延々と行い、昭和49年過去帳の新調と命日の整理が完成し、「あしたご命日なのでお参りさせていただいていいですか?」と毎日アポ電を入れ日行を始めたのです。

日行参りは50回忌が済めば終了とし、当然新しいご先祖が増えると日行も始まります。なので日行参り表は常に更新する必要があります。
5年ほど経った頃、ちょうどパーソナルワープロという便利な物が登場してきたのです。これに過去帳を保存していくのですが、当時の5インチの大きなフロッピーに保存しても何枚も必要です。それでも10冊の過去帳に比べればはるかに編集が簡単でコンパクトにまとめられることに助けられました。

その後何台もワープロを乗り換え便利さも向上していったのですが、3年ほどしてパーソナルコンピュータが出始めてきました。始めて買ったパソコンはシャープMZ-80Bというものでした。独学でプログラムを書き何回徹夜したか、あの頃がとても懐かしく思い出されます。でも仕事というよりはゲーム感覚で遊んでいたように思います。

そこで当時出始めたNECのPC-8001に乗り換え、ここから完全に寺の過去帳はパソコンに移行することになりました。3.5インチのフロッピーでもかさばると感じるようになった頃出始めた外付けのハードディスクは容量40MBで食パンほどの大きさがありました。40MBといえば現在ではデジタル写真10枚くらいの容量ですが、それでも便利さに驚かされたものです。

昭和59年(1984年)から役場から請われ地元公民館で働くことになったときには使い古しのワープロをフル活用してすべての業務をこなすことに役立ってくれました。

公民館長をしながら昭和61年(1986年)から智弁学園和歌山校に講師として約7年間勤務する間も授業資料やテスト作成にPCは欠かせなくなりました。

ちなみにこの時点で「役場勤めも学校の先生もイヤや!」と言ってたにもかかわらず両方とも経験するのでした。(笑)

さて平成5年(1993年)から役場の那賀町教育委員会に招かれ約7年間勤務するのですが、この間ノートPCを役場で使っていた人はほとんどなく私がノートPCに向かっていると上司から「パソコンで遊んでる」と言われたものでした。
しかし多くの若い職員は私にパソコンの使い方を興味深く教えてほしいと寄ってきてくれました。

ある職員から消費税変更にともない「営業ゴミの持ち込み料に消費税をパソコンに組み込んでほしい」という依頼があり、汎用ソフトで消費税計算フォームを作成したこともあります。
今から考えると私の作ったソフトを公用PCに簡単に組み込めたというのも、自由な時代だったんだなあと感慨深いものがあります。
またこの頃からノートPCに現在ではあたりまえのカラーディスプレイが出回るようになってきたのは衝撃でした。

以来、「デジタル」という言葉が普及し、知ると知らざるに関わらず、使う使えないにかかわらず身の回りにはデジタルがあふれています。

古希になっても、日々寺務や患者会だけではなく、一人住まいになった今ではSNSでの交流などに役に立ち、デジタルを怖いと思わないことにありがたく対応できているのは、とりもなおさずお寺だけで生きていくと48年前に決めた「日行参り」が大きなきっかけだったのですね。

ただ、デジタル多用で衰えていく部分がたくさんあることも心しなければならないと、つくづく考える今日古希の誕生日なのです。
なので、これからもしっかり寺めぐりしい・・・と、子どもたちがmont-bellのウォーキングポールとシューズをプレゼントしてくれました。

長文お読みいただき感謝申し上げます。

2021年2月22日 PM2:22 気温22度
不動坊 良恒
合掌

2月22日 PM2:22 気温22度

岡崎の薬師如来三ヶ寺巡拝

愛知 岡崎の薬師如来三ヶ寺巡拝ー

・身体健康と目の薬師さん 真福寺

・水体薬師如来霊水が湧く  瀧山寺

・五香湯をもって病人を救う 蓮華寺

三ヶ寺とも東海四十九薬師霊場札所として古くからあり、
多くの参詣者が絶えません。
コロナ禍の平日でもあり、ほとんどお参りされている方はいませんでした。

そんななか幸いそれぞれのお寺の本堂にお参りさせていただき、
ご真言をお唱えし、薬師如来の御法力が難病患者の心身に寄り添い賜らんことを心より祈念させていただきました。
薬樹王院 瀧山寺では裏山の「薬師霊水」まで足を運び、
ありがたき霊水霊験が難病患者に届くように祈らせていただきました。
ご住職は「あそこまで行かれる方はほとんどいないです」と話されていました。

また今回ー

真福寺では巨大な瀬戸物のお線香立てに感服し、

瀧山寺では鎌倉時代の本堂と仁王門に感嘆し、

蓮華寺では八重の老紅梅の美しさに心癒やされました。

ありがたき、ありがたき薬師巡拝でした。

オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ

合掌

真福寺

真福寺正面
真福寺本堂への階段
薬師如来と書かれたお線香立ては直径60㎝以上の瀬戸物
ご本尊と薬師扁額

瀧山寺

瀧山寺本堂
瀧山寺三門
ご本尊
薬師霊水への山道
水体薬師如来霊水

蓮華寺

蓮華寺
百体地蔵
蓮華寺本堂
八重咲きの老紅梅
三ヶ寺のご朱印

合掌 拝

伊賀の石薬師堂・正月堂巡拝

伊賀の石薬師堂へお参りー

薬師堂(元岩道寺)手前には県道を挟んで巨大な花崗岩に六地蔵が刻まれています。

石薬師堂はその県道の下にあって、ややもすれば見過ごしてしまいそうでした。

「難病患者に寄り添って下さい」との願いを込めてご真言をお唱えしたあと、

近くの古刹「観菩提寺 正月堂」(東大寺 実忠僧正創建)にお参りし、
ご朱印をいただいたあと裏山に祀られている「西国三十三観音霊場」も巡拝させて頂きました。
本堂は国宝で立派な構えでした。
ご本尊の十一面観音菩薩(2m高)は33年に一度しかご開帳されない秘仏だそうです。

その他、伊賀コリドールロード6ヶ寺お参りさせていただきました。

ありがたきお詣りでした。

南無薬師瑠璃光如来
南無観世音菩薩

合掌

左)弥陀三尊 右)薬師如来
石薬師磨崖仏
六地蔵磨崖仏
六地蔵
観菩提寺山門
観菩提寺 正月堂
観音山 西国三十三観音霊場巡り
観音さま
観菩提寺 正月堂正面
永保寺本堂
永保寺本尊
延寿院(赤目滝山上)
極楽寺(東大寺二月堂松明調達寺)
極楽寺全景
青雲寺(無住)
滝仙寺
滝仙寺這松
滝仙寺全景
鸕之宮神社参道階段百三十段
鸕之宮神社拝殿

浄瑠璃寺、岩船寺周辺リハビリウォーキング

晴れ間をぬって浄瑠璃寺、岩船寺周辺リハビリウォーキング🚶🚶🚶

岩船寺の裏山貝吹岩まで登ると木津川の流れと遠くに生駒山が望めました。
途中、石窟不動、穴薬師、ながおのあみだ石仏などを拝みながら浄瑠璃寺へ。
参道の茶店では元日桜(寒緋桜)が咲き始めていて、
三種のお味噌を使ったコンニャク田楽をいただきました。

この浄瑠璃寺の三重塔には薬師如来(重文)がお祀りされ、
向き合うように九体の阿弥陀さま(国宝)を収めた阿弥陀堂(国宝)があって、
「浄瑠璃世界」が表現されています。
こちらには三度目の訪寺でしたが、あらためて難病患者病気快癒を祈願させていただきました。

ちなみにこの日なぜか10人ほどお参りされていていつもより多く感じたのですが、
お店のご主人からー
「今朝、関西テレビのよ~いドン!で吉本新喜劇のあいちゃんが浄瑠璃寺の紹介してここでとろろご飯を食べてくれたのが放映されたんです」
そういうことで・・・。
納得しました。

南無薬師瑠璃光如来
南無阿弥陀仏

合掌

岩船寺三重塔
本陣山頂上の貝吹岩へ
もうすぐ貝吹岩へ
貝吹岩(ここからホラ貝を吹いたそうです)
貝吹岩からは木津川、遠くは生駒山が望めます
岩船寺石窟不動(重文)
穴薬師
穴薬師石仏
ながおのあみだ
ながおのあみだ
浄瑠璃寺門前茶店
茅葺きの横棟が茶店
元日桜(寒緋桜)

南山城古寺 禅定寺巡拝

寒中の晴れ間に南山城古寺巡拝ー禅定寺

山門をくぐって目に入ってくるのが重厚なかやぶき屋根の本堂、
庭には仏教詩人坂村真民氏の来山記念に「念ずれば花ひらく」の句碑がある。
そして本堂から庫裡に続く廊下に活けられた立派な正月の祝い花。
生け花は至る所に活けられていて、仏様だけではなく花々にも心が清められるような思いでした。

受付とご朱印をお願いして本堂に入らせていただきました。
懇ろに手を合わせご真言をお唱えさせていただきました。
右手にある圓通閣(観音堂)に安置されている薬師如来座像には「難病患者のお心に寄り添い下さい」と心からご真言をお唱えさせていただきました。

広い本堂の後ろには創建1000年を記念して平成11年4月8日大涅槃図が描かれていました。
その涅槃図と庭を眺める窓には「此岸 迷の窓」と「彼岸 悟の窓」が設えられていました。

その後山門横にある巨大な収納庫を見学させていただきました。
まず正面の身の丈3mにおよぶ巨大な十一面観音立像に圧倒され息を呑みました。
藤原時代初期の作で旧国宝。現在は重要文化財で京都随一の大きさを誇ります。
収蔵庫にはすべて重文の四天王や文殊菩薩像、半跏延命地蔵菩薩などが収められています。
これだけの大きさの収蔵庫は初めての経験でした。

ありがたく、ありがたく拝することができました。
南無十一面観音菩薩
南無薬師瑠璃光如来

合掌

禅定寺参道
禅定寺本堂
坂村真民氏「念ずれば花ひらく」の句碑
廊下の正月花
手水鉢の南天
寺額
十一面観音菩薩立像(286㎝)と文殊菩薩騎獅像
圓通閣(観音堂)
平成の大涅槃像(左全面)
平成の大涅槃像(右全面)
「此岸 迷の窓」
「彼岸 悟の窓」
本堂正面庭を望む
ご朱印

合掌 拝

明けましておめでとうございます

柳生街道から笠置寺磨崖仏へ🚶🚶 🚶

明けましておめでとうございます。
コロナ禍のなか心晴れ晴れとした新年とは言いがたい令和3年丑年の年明けとなりました。

リハビリウォーキングを兼ねて、
柳生街道から笠置寺磨崖仏をお参りしてきました。

南無観世音菩薩
南無弥勒菩薩
南無地蔵菩薩

合掌

柳生街道、阿対の石仏へ
阿対の石仏
笠置寺へ
笠置寺山門
笠置山を一周して磨崖仏へ
お水取りの起源である「正月堂」
(東大寺には二月堂、三月堂があるが正月堂はない)
弥勒菩薩の大磨崖仏
弥勒菩薩
弥勒菩薩を仰ぎ拝む
大磨崖仏の胎内巡り
山頂のゆるぎ石
(敵の攻撃を受けたときに落とす石)
山城二の丸跡
磨崖仏地蔵菩薩
笠置山山頂から
ご祈祷米は七草粥に入れます。

合掌

終い不動護摩焚き法要

終い不動の護摩焚き法要ー

寒気の前の晴天に恵まれ☀
皆さま方の安寧と疫病退散を祈願して無魔勤修致しました。

お参りいただいた皆さま方とともに、
この一年を振り返り感謝するとともに、
この場にお参りできないFB友人方の安寧と来る年の吉祥を心から祈念しました。

また、境内では廃止された那賀斎場の慰霊塔の移設作業仕上げ工事がされていました。
まさか自分が揮毫した慰霊塔銘板が自坊に帰ってくるとは思ってもみませんでした。

南無大日大聖不動明王
南無大師遍照金剛
合掌

晴れてくれました。
慰霊塔移設の仕上げ作業
那賀斎場が廃止され、まさか自坊に帰ってくるとは・・・

南無大師遍照金剛
合掌