土寺小屋と護摩焚き

新しき元号にも皆さまが平和であり、健康でありますようにー安寧を祈願して護摩を焚きました。
   *
きょうは土寺小屋の日で、写仏教室でした。
御弥津は副住職手づくりのーゴマ豆腐の黒蜜きな粉がけ…でした。

ありがたや 不動のまもり 瑞宝山
和道副住職が護摩前行
ありがたき法炎
土寺小屋
御弥津は副住職手づくりのゴマ豆腐
黒蜜きな粉がけ
写仏教室
写仏教室

お彼岸の入りーぼた餅と法話

お彼岸の入りにぼた餅を作って、自宅の仏前にお供えしました。
ご先祖のことではなく、
お下がりとしていただく自分自身の体のことを考え、
甘みの少ないお砂糖控えめに仕上げました。

あんを炊いてます。
あんが炊けました。
仏前にお供えしました。合掌

彼岸の法話

お彼岸ですねー
― 子は親の背中を見て育つ ―

<20年以上前のことです>
一家の大黒柱が難病を患い、徐々に悪化して小腸切除、脳内炎症、片目眼球摘出と、絶望の日々を過ごさざるを得なくなりました。

奥様から相談を受け、私が患者訪問したときには、
「難病の会の人なんかに会いたくない」と言って、
ご主人は会ってくれませんでした。

やがて子どもたちにも当たり散らすようになって、
家の中がめちゃくちゃになりかけたこともありました。
奥様は、ご主人の収入がなくなったためパートに出て、
3人の食べ盛りの子どもさんを育てながら、
ご主人には病気が進まないよう体によい食事を考え、
懸命に生きていました。

数年後、いただいた奥様からの手紙には、
「長男は家の経済的なことを考え、手に職をつけると公立専門学校に入学しました。
 長女は私たちの姿を見ていたのか、病気の人たちの役に立ちたいと看護学校に通っています。
 下の子はスポーツにと、子どもたちは毎日のように笑顔をくれます。」
と書かれていました。
なんと素晴らしい子育てなんだろうと、
感動したことを覚えています。

    *

私たちは好むと好まざるに関わらず、
現実を受け入れながら生きていかなければなりません。
それがいばらの道であっても、きれいな花の道であっても・・・

でも、どちらかと言えば、きれいな花の道より、
いばらの道を歩んでいる方が、
学ぶことも、教えられることも多く、
子どもたちも両親の姿を見て、しっかり育つような気がするのです。

この子たちこそ弱い立場の人を思うことのできる、
心豊かな優しい人間に成長していると思うのです。

    *

彼岸は「あの世」ではなく、
優しさに包まれた人間があふれ、
誰もが笑顔でいきいきと生きられるー
この社会のことなのです。

合掌

2月23日土寺小屋、写仏と御弥津

2月の土寺小屋から写仏が始まりました。
みんな楽しみ・・・だけど難しい。。。

御弥津は岐阜の藤原あやさんから送っていただいたー
『抹茶濡れシフォンケーキ』でした。
とても美味しかったですよ。

写仏始まり。。。
お地蔵さまを写仏
難しいけど楽しい。。。
熱心に、心込めて。。。
『お抹茶濡れシフォンケーキ』
写仏に『シフォンケーキ』

土寺小屋(どてらごや)開催

今日の土寺小屋は、28日の護摩焚きを一日早く開催しました。

5名の土寺小屋初参加の方を含めて13名の参加でした。

御弥津は久しぶり住職手づくりの「クルミ入り粒餡の半月まんじゅう」でした。

法話は住職の「廻向」

【雨晴れて傘忘れる】
雨が止んで晴れてしまうと、かぶっていた笠のありがたみを忘れがちである。
雨が降り出して人から借りた笠は、一度雨が止んで空が晴れると返すことを忘れてしまう。

【喉元過ぎれば熱さ忘れる】
熱いものも、飲みこんでしまえばその熱さを忘れてしまう。転じて、苦しい経験も、
過ぎ去ってしまえばその苦しさを忘れてしまう。

■廻向(梵語のパリナーマ)
「廻転趣向」の略。
自分自身が勤めている功徳を、生者死者を問わずあらゆる人へ趣き向けること。

■お経の最後にお唱えするのが「廻向文」

願以此功徳  普及於一切  我等与衆生  皆共成仏道

ご先祖はもちろんのこと、他家のご先祖さまや、いま命あるお世話になった方、
恩を受けた方、助けていただいた方、力を貸していただいた方などなど・・・。
すべての方(衆生)にこの思いが届き、仏の真理に導かれますように、廻って下さい。

この日のようす→


餃子ではありませんー

今までに習った梵字の仕上げをもってきてくれた小屋生さんも。。。