羊羹(ようかん)から生まれる感謝のこころ-

ご馳走いただいて考えた――
羊羹(ようかん)から生まれる感謝のこころ-

「羊羹」の字の中には羊が3匹いるの知っていますか?
「羹」という字は「羊」を下から「炎」で炊いてる「羔(こう)」と、その「羊」は「大」きいものという「美」という字で成り立っています。

「羹」は「あつもの」と読みます。
高野山などでは、タケノコやお豆や椎茸や人参など旬のものを炊いた煮物を「旬羹(しゅんかん)」といいます。
「あつもの」と読むとおり、元々は「羊を炊いたもの」だったんです。
シルクロードなどで羊の腸や頭などを一緒に煮たものが「羊羹」だったんですね。
(昔、シルクロードで食べた「羊羹」の写真)

これが羊羹

これがシルクロード~中国~朝鮮半島、そしてやがて大豆文化の日本に入ってくると「小豆」を煮たものへと変化したのでしょうね。
いずれにしても栄養価が高く、高価な食べ物でもあるということです。

ちなみにシルクロードでは羊は欠かせない動物です。
 シルクロードでも夜は氷点下に下がり、羊の毛は温かく人を包んでくれます。
 羊毛をウール生地に仕上げるときに化粧水ができます。
 羊肉はおいしく、食べて命を養うので「羊」+「食」で「養」となります。
 羊皮は火吹き鞴(ふいご)となり、カシュガルなどの刃物作りに欠かせません。
 羊皮を一頭分まるごと使い、四つ並べて羊皮(ヤンピー)船になります。
(少年の乗った羊皮船ー写真)

羊皮船


 人が亡くなったら羊一頭を長い木に吊り下げてお墓にお供え(供養)します。
(お墓に木に吊り下げられ供えられた羊の写真)

干からびた羊が木につるされて供養

さらに漢字文化圏に「羊」が入ってくると、羊にどれだけ助けられたかを現すようにいい意味の漢字に使われました。
「養」ーやしなう
「祥」ーさち
「美」ーうつくしい
「善」ーよい
「鮮」ーあざやか
「義」ーよし

それにしても、羊にとっては災難です。
(シルクロードで最高のもてなし、羊の丸焼きー写真)

新鮮さをアピールするように草をくわえさせている。

羊に限らず、私たちは生きたかった動物たちの息の根を止め、
その命を奪って食べ、
それを自分の命に置き換えているのです。

昔からこの有りように感謝を感じていたからこそ、
「(命を)いただきます」と手を合わせる慣習が生まれたのでしょう。
「命」という字の源をたどれば「喰らう」ということです。

日々食べられることがどれだけありがたいことであり、
感謝しているのか自らに問いかけながら、
このコロナ禍、自粛生活を送りたいと思います。

合掌

薬師寺と釈迦堂大祭中止につき読経のみのお勤め

例年5月5日に兼務寺の薬師寺と釈迦堂の大祭が執行されるのですが、
コロナウイルス自粛のため本年は中止になりました。

そこで、それぞれのお堂前にて、疫病退散、諸人安寧を祈念して、
読経のみのお勤めを行いました。

南無薬師瑠璃光如来
南無釈迦如来

合掌

薬師寺

薬師寺
眼病にご利益があると伝えられ、
見通しがよくなるように穴のあいた小石が蔀戸に供えられています。

釈迦堂


合掌

人の最期に関わるお仕事

先日のFM放送「ラジオ寺子屋・高野山」でのインタビューのなかでー

『枕経を唱えたあと故人の額に手を当て、ご遺族に聞こえないくらいの声で、“よくがんばりましたね”と話しかけます。』
という私の話を聞いて、
かつて葬祭関係のお仕事をされていて、
その後体調を崩されたことなどもあって離職された方から、

「先生のお話を聞いて、もう一度葬祭の仕事に復帰することを決めました。
今まで百人以上の故人様を見送ってきましたが、
果たして私は故人様の最後の時をかけがえの無いものと出来ていたのだろうか?
先生のインタビューを聞き自問し、そして今一度、故人様に向き合っていこうと思ったのです。私に進むべき道を教え頂いたのかもしれません。
そして私なりに故人様、御遺族様にとり最後となる言葉をかけていきたいと思います。
身体がどこまでもつのか正直、不安です。だけど先生のお言葉のように最後の時を私なりに迎えていけたらと思います。」
と、メッセージをいただきました。

人の最期に関わるお仕事はとても重要で尊いものです。

以前「おくりびと」という映画がありました。
人が生まれ、赤ちゃんから日々成長し、やがて小中高大学で学業を成し、就職・結婚・子育てなどを経て子どもの成長とともに老いを迎えます。
その人生にどれだけの悩み、苦しみ、苦痛、喜び、楽しみを経験したことでしょう。
そしてどれだけ多くの愛情を周囲に注いできたのか計り知れません。

その最期を温かく、美しく、感謝と労いを込めて整え荘厳していただくのが葬祭に関わる方のお仕事です。

メッセージをいただいた方はそれまでにも丁寧に勤められていたと思います。
私のお話しが、あらためてその大切なお仕事に戻られようと決心をされるきっかけになったのなら、
このインタビュー放送も無駄ではなかったのでしょうか。

どうか体調には十分注意してお仕事されることを願うばかりです。

合掌

タイムラインにこの写真をアップしたのはー

空あり、山あり、川あり、花あり。
人生を現しているように思ったからです。

  空は爽やかな青空もあれば、曇天にもなります・・・
  山は四季折々に表情を変えます・・・
  川は清流もあれば、濁流にもなります・・・
  花は咲くときもあれば、やがて散ってしまいます・・・

まさに人生はその人の心も環境も多彩な変化の連続かもしれません。
なかでも多くの人は「苦」の時を乗り越え、
人生の幕を閉じるのです。

「苦」は「にがい」とも読みます。
その文字の成り立ちのように、苦くて乾ききった味のない草を食べたことが多い人ほど、温かい味のある人なのかもしれません。
そしてそのDNAはご遺族に受け継がれるのでしょう。

私は枕経の最後に故人の額に手を当てー
「ようがんばりましたね」と語りかけて経を閉じるのです。

(写真は薬師巡礼で通りかかった由良川沿い)


3.11 あれから9年

--あれから9年--再掲
  (長文なので読まなくていいですよ😄)

9年前のきょうは東北の人たちも「あたりまえで普通」の一日でした。

でも翌日、大地震と巨大津波が発生し、全てを根こそぎ奪ってしまいました。
家を流され、職場を流され、日用生活品を流され、ふるさとを流され、家族を流されました。
東北の方たちが努力の末、得てきたもの全てが無に帰してしまいました。
助かった人は文字どおり「命からがら着の身着のまま」で、
残ったのは命だけという人がほとんどでした。

大震災前日に新築に引っ越したという若いご夫婦が、コンクリートの基礎だけ残ったその場所を指さしながら、
「ここが両親の部屋だった」と、泣き崩れながらも、
「家族が助かっただけでもありがたい」と、話していたのが印象的でした。
あの大震災において、奇跡的に助かった人たちの話は数多くありますが、同時に自然の驚異にただただ驚愕することばかりでした。

しかし、あんな絶望の淵になんとか踏みとどまった人たちの口から出る言葉は、
「命があっただけで、しあわせです」

そして、家族が見つかったとき、
「生きててよかった。それだけで充分です」という人もいました。

寒い避難所に一杯の温かい飲み物や食べ物が差し入れられれば、
「本当にありがたいです」と話しているのです。
そして、
「まだ見つからない人も多いなかで、これ以上のことは贅沢です」とも話されていました。
当初、避難所にいる被災者から聞こえてくるのはー
「感謝です」「ありがたいです」という言葉であふれていました。

ある避難所にいた中学1年生くらいの女の子が、

「今までどれだけしあわせだったか、はじめて気が付きました」

と話していたことが、私の脳裏から離れなかったことを思い出します。

ひるがえって、大震災を経験していない私は、毎日温かいご飯やお味噌汁をいただいています。
果たして、その温かいご飯やお味噌汁に「ああ、ありがたい」と深く感謝をしていただいているだろうか、
大きなおかげを感じているだろうか。
そして今、「あたりまえで普通」の生活がどれだけ幸せなことかと感じているだろうか。
毎日、不平と不満の言葉を繰り返していないだろうか。

あのときほど、
「あたりまえ」と思って生活している環境が、
人間の心を「感謝」や「お陰さま」から遠ざけてしまっているのだと感じたことはなかったように思うのです。

せめて時々「あたりまえ」に手を合わせ、「普通」に感謝したいものですね。

もうすぐお彼岸ですね。

南無大師遍照金剛
合掌

住職誕生日に自戒を込めてー


令和2年2月22日2時22分 室温22度 いいかげん!(笑)

-いいかげんの薦め-

法事で読経終了後お茶を頂いた時、
当家の奥さまが「もう冷めました?」って聞くので、
私は「ええかげんです」と答えたときの話です。

       *

お茶はもちろんのこと、お風呂でも「ええかげん」はとても良い状態なのに、
なぜ人間にこの言葉がつくと「ええかげんな人」と“悪い人”になるんでしょうねえ?
漢字で書くと「良い加減」です。
お茶もお風呂も、熱くもなくぬるくもないとてもいい状態ですよね。
味で言えば、辛くもなく甘くもなく、
洋服で言えば、きつくもなく緩くもなく、
挨拶で言えば、短くもなく長すぎることもなく、
絶妙な調整具合のことです。

この「いい加減」は仏教では「中道」と言うんですね。
お釈迦さまが悟りを開かれたとき、
自分の苦行を振り返り、
「苦行で死んでしまってもダメ、もちろん怠けてばかりでもダメ、その中間こそ大切」と説かれた、とても大切な教えなのです。
「中道」は、偏りのない心、こだわらない考え方や行動こそ大事なのですよと、私たちに教えてくれているのですね。
怒りすぎない人、
欲張りすぎない人、
しゃべりすぎない人、
頑張りすぎない人等々、

ほんとうは人も「いいかげん」が一番いい人かもしれません。
「いいかげんな人」は褒め言葉と言えます。

もっと「いいかげん」に生きれば、生きやすく仲良くなれるのにね・・・・。
「いいかげん」にいきましょう。

「いいかげんな人」が、褒め言葉で使われるようになるといいですね。

合掌

『田舎坊主の闘病日記』読後感

岡田真由美さんのFB投稿から引用させていただきました。

   *

本当に考えさせられる一冊です。。

夫婦とは
家族とは
病とどう向き合うのかとは
絆とは
人の真の真心とは
そして自身の生き方とは

沢山の事を考えさせられました🙌

森田先生の奥様に対する愛情
御住職様ならではの苦悩
御自身が病であるがゆえの苦悩
家族、縁の方々の心温まる日々

森田先生だからなのかもしれません🤗

この様に苦悩を送られてきたからこそ、、あの心温まる微笑み 説法が私の心をも優しく包んで下さっているのかもm(__)mしれません。。
又、病と向き合う勇気も。。

私自身が不自由であるがゆえに『人様の優しさ、思いやり』に心が痛い程に有り難く感じる日々、、でも自分が健全であったなら、どうであっただろうか?
自分がどうあるべきなのか、、諸々と考えさせられましたm(__)m

追伸 先生の御承諾なく書き込みさせて頂きましたが拝読させて頂けた事にも感謝しかありません🤗⤴️🤗

ありがとうございました。

薬師如来霊場 18番久安寺・21番菩提寺巡拝

薬師如来霊場 18番久安寺・21番菩提寺巡拝

久安寺

伏尾の久安寺は関西花の寺霊場でもあります。
紫陽花やボタンがとりわけ有名で、今は蝋梅が咲き薫っていました。

ここはすべてのお堂内の仏さまの写真撮影をさせていただきました。
また、久安寺の裏山弥勒山には四国八十八ヶ所本尊がお祀りされていて、
約1㎞を巡らせていただきました。

久安寺楼門
久安寺
久安寺本堂
久安寺御影堂
久安寺本堂ー
お前立ち千手観音(本尊は秘仏)
久安寺薬師堂瑠璃殿
久安寺薬師如来立像
久安寺弥勒山上の大師修行像

菩提寺

このあとは巡拝3回目となる21番花山院菩提寺にもお詣りさせていただきました。

花山院菩提寺薬師堂
花山院菩提寺薬師如来
花山院菩提寺薬師堂と幸福の七地蔵尊

気温も下がり、菩提寺山上では雪が降り始めたためー
福住の古民家に宿をとり、一泊してきました。
朝起きると3㎝ほど雪が積もっていました。


 福住宿場町ホテルNipponia
福住宿場町古民家ホテル中庭  福住宿場町ホテルNipponia
福住宿場町古民家ホテル中庭  福住宿場町ホテルNipponia

ありがたい巡拝でした。
合掌

お参りありがとうございます

岡田真由美さまのFB投稿を引用させていただきます

数日前、、不動寺ご住職森田先生との出逢いから年月をかけ少しづつ、ゆっくりと寺院を廻ってみようと思いたった私(^_^;)
その出発は、やはり、こちらから参拝👃
心が穏やかになる、この地(笑)(笑)
本日は、先生にお逢い出来ずですが、まずは初めの一歩(^-^)/
心の迷い?迷走?
そんなこんなを年月をかけて自分探しに廻りたいと👃😅👃
何故にか森田先生のimpact?影響?説法?は私には凄く多きな事😅⤴️😅
まずは今出来る事。。

それは今朝の参拝 合掌

お参りありがとうございます

我が家のアロエ様 あなたは、えらい!

ほとんど土のない石垣の隙間でこんなに大きくなり

主人の手から一滴の水を与えられることもなく

ましてや一粒の肥料も与えられることもなく

夏には灼熱の太陽とブロックの熱に負けることなく

冬にはたとえ氷点下になり

その身は凍てついても絶えることなく

40年以上この味気ない場所を住処として生き続け

子株を増やし続けてきました

アロエ様 あなたは、えらい!

自ら生き続けるだけではなく

あなたは何度、火傷の薬として人の役に立ったことでしょう

きのう私が手を火傷したときも

傷口を包み込み、痛みを消し、水疱も作らせず

たった1日で大きめの傷テープ一枚だけですむような

そんな小難に抑えてくれました

夏も冬も自然の厳しさに耐え

与えられるものが何一つなくても

文句一つ言わず日々生き続け

周囲に火傷をした人があれば

手当薬として人の役に立ち

お礼の肥料を求めようともしない

それどころか毎年花を咲かせ

人の目や心を癒やしてくれます

    * 

アロエの友人たちは

あるときは化粧品などとなり

あるときは胃腸薬となり

あるときはヨーグルトの栄養となり

ただただ他のために生き続ける

アロエ様 あなたは、えらい!

私はそんなアロエに・・・
あっ、いやっ・・・

そんな人に、私は、なりたい。。。

令和元年師走 
森田良恒

今日のリハビリウォーキングー

今日のリハビリウォーキングー
不動寺の真っ紅な百日紅を背に、
おたすけ地蔵に合掌してから。。。
愛宕山~ヘビ島~自宅へ🚶

距離 5.6㎞
時間 62分
階数 18階
速度 約11分10秒/㎞

途中「わたしたち石垣の排水溝生まれです」って、
立派な木が生えてました🌲
たくましなあ。。。

深紅の百日紅
今日もおたすけ地蔵さんはいいお顔。。。
石垣の高いところでブロックの排水溝からたくましく。。。

土寺小屋開催

土寺小屋ー
写仏に熱心!熱心!
アッという間におしまいの時間になりました。

御弥津は副住職手づくりのフルーツゼリー。。。

お勤めから始めましょう
『がんばって7月も来るよ・・・』って。。。
『色づけが難しい・・・』
『マイペースやでえ・・・』
かすみちゃんが御弥津のお手伝い。。。
副住職手づくりのフルーツゼリー。。。
冷たいフルーツゼリー
休憩~
休憩~
栗の花の根元には可愛い栗の実が🌰
栗の実にも花が咲いてる。。。

「田舎坊主の闘病日記」(文芸社刊)出版

田舎坊主シリーズ第5弾ー
拙書「田舎坊主の闘病日記」(文芸社刊)の著者分が届きました。

7月1日、全国主要書店にて発売になります。
6月20日より全国書店にて注文可能です。
アマゾン、楽天、その他ブックWEBでの販売は少し遅れます。

この初刷りー
あるページの1行に5文字分の空白が・・・(≧◇≦)ドヒャア~~~ン
出版社編集者が何かのハズミでスペースを挿入か?
すでに初版分は印刷済み・・・平謝り。。。
でも欠落ではないため、私も了解!
むしろ一刷目は貴重品かも。。。
何ページに空白が?
探してみてください。
もし重版することがあれば、空白はなくなりますので。。。

ご興味があれば是非ご一読をお願い致します。
合掌

表紙の裏表イラストは私が作りました。
本文挿絵は、紀の川市患者家族会きほく会員神森敦子さん作です。

国宝巡礼ー 鶴林寺(加古川市)と太山寺(神戸市)

加古川市にある鶴林寺の本堂と太子堂はともに1952年に国宝指定。
このお寺は『播磨の法隆寺』とも呼ばれ、
街中にもかかわらず、しっとり落ち着いたお寺で、国宝の他にも多数の重要文化財を有しています。
本堂前の左右に菩提樹と沙羅双樹が植えられていて花の寺としても有名です。
ちょうど菩提樹の花と沙羅の花が満開でした。

鶴林寺山門
鶴林寺本堂
鶴林寺三重塔
新薬師堂
太子堂
鶴林寺は聖徳太子創立と伝えられています。
鶴林寺の菩提樹
花が満開。
菩提樹の花
沙羅の木
花が満開。。。

神戸市にある太山寺

神戸市にある太山寺の本堂は国宝でとても巨大な本堂でした。
神戸市にある唯一の国宝建築物です。
ここも静かな住宅街にあるお寺ですが、広い境内は照葉樹原生林に囲まれた荘厳なお寺でした。

太山寺国宝本堂全景
太山寺国宝本堂
太山寺本堂
太山寺阿弥陀堂
太山寺三重塔
太山寺薬師如来

ありがたい巡礼に感謝!
合掌

京都に飛んできたお薬師さんー

★因幡(鳥取県)の薬師如来は京都まで飛んできたア~~~

橘行平が因幡に赴いた際、海中から薬師如来を助け上げ堂に安置していた。
橘行平が京都に戻ると自宅に助けた薬師如来が飛んできたというのです。
この自宅がお寺『因幡堂』と名付けられたのです。

京都の中心部にあるこの「因幡堂」の本堂改修に伴い、
龍谷ミュージアムで開催されている『因幡堂平等寺展』を覧てきた。
普段拝むことのできない多くの仏様が360度から見ることができました。
重要文化財の縁起絵巻や薬師如来は見応えがありました。

・昔から仏教の伝説はすごいのですー
 お釈迦さまは生まれてすぐ「天上天下唯我独尊」と右手を天に向けて叫んだしー
 弘法大師は中国(唐)から三鈷を投げると高野山まで届いたのです。。。

2階には西域トルファンにあるベゼクリク岩窟の大回廊壁画レプリカがつくられていて、
40年前に行ったときのことを懐かしく思い出しました。

ありがたい拝観でした。
合掌

龍谷ミュージアム「因幡堂平等寺展」


縁起絵巻の一部。

薬師如来が海から引き上げられるようす。。。
船上の人が橘行平公

薬師如来のお顔

ベゼクリク岩窟の大回廊壁画レプリカ


ベゼクリク岩窟の全景
40年前の田舎坊主
若かったなあ。。。