四国88ヶ所修業の地高知36~39番巡拝

四国88ヶ所修業の地高知36~39番巡拝

自宅から片道約530㎞の足摺岬を目指して、

36番 青龍寺
37番 岩本寺
38番 金剛福寺
39番 延光寺

4ヶ寺巡拝させていただきました。

途中歩き遍路の方数名と出会いました。
なかには外国の若者も同行二人の金剛杖をつきながらお参りされていました。

やはりこの歩き遍路の皆さんには、
ほんとうに頭が下がるとともに心から合掌しました。

修業の地高知で最も遠くにある札所を巡らせていただいたことに心から感謝いたします。

同行二人
南無大師遍照金剛


また延光寺醫王殿の薬師如来にはー
「難病患者に寄り添い下さい」との願いを込めて読経させていただきました。
ちょうど、目のご不自由な奥様をお連れしたご夫婦が巡拝されていました。
「お気をつけて・・」とお声かけさせていただきました。


ありがたき巡拝でした。
合掌

青龍寺

青龍寺山門
青龍寺参道
青龍寺多宝塔
青龍寺大師堂
青龍寺大師堂

岩本寺

岩本寺山門
岩本寺本堂
岩本寺大師堂
岩本寺境内

金剛福寺

足摺山 金剛福寺
金剛福寺本堂
境内観音像
金剛福寺大師堂
金剛福寺境内
足摺岬灯台
足摺岬展望台から金剛福寺多宝塔を望む

延光寺

延光寺山門
延光寺醫王殿 南無薬師瑠璃光如来
延光寺本堂
延光寺大師堂
目のご不自由な奥様を連れて四国巡拝されていました。
延光寺庭園
延光寺由緒の赤亀

獅子窟寺参拝

大阪に5つしかない国宝仏像の中の一つ

標高320メートルの山腹にある国宝薬師如来をお祀りする獅子窟寺。

去年に続いて今年も大祭は中止となりましたが、
今年も参拝ー

住職は同級生の仲良し、
今年も歩いてお参りさせてもらいました。

ご宝前では読経、ご真言をお唱えし、
「難病患者に寄り添い下さい」との祈念を捧げてきました。

住職と懐かしい話しに花が咲きました。
ビールを薦めてくれて飲みたかったけどアカン!アカン!
お茶にしました。

南無薬師瑠璃光如来
合掌

ご一緒にお参りしませんか。(6倍速です)
本堂
ご本尊国宝薬師如来
弁財天
獅子の岩
お大師さんの水
ニコニャア~~~
市街一望
住職の峰明さん「お茶でええか?」
おやくしさん

若き仲間の旅立ち

和歌山県難病連を立ち上げて11年後2000年ー

仲間の努力で和歌山県初の難病・中途障害者の働く場所として小規模作業所が開所されました。

当時の立ち上げメンバーだった女性が行年47歳で早逝。

長く作業所に関わり責任感強く頑張り屋さんだった彼女。
ここ数年、体調を崩し休職期間があったものの再び復職することも出来ていました。しかし昨年末から再入院し、復帰を願って療養に専念していたのです。

私は彼女から何度となく相談を受け、
そのたびに「作業所利用者のために頑張りたい」と話していました。

最後の入院の際、彼女からメールが届きました。
「今日、入院しました。今度は元気になるために一日一日を過ごしていきます。支えてくれる愛に感謝します。色々お世話になりながらこのようなメールで申し訳ないです。失って見つけるものは大きいですね。大事にしないといけないですね。有難うございました。」

私は「大事にして下さいね」と返信した。

これが最期のやりとりになるとは思ってもみませんでした。

   *

通夜では、御棺の中の彼女はきれいにお化粧してもらい、
今にも目を開けてくれそうな美人で穏やかな表情でした。

私はー
「はやすぎるよー」と語りかけると、熱いものがこみ上げてきました。

お母さまからー
「はやいです。娘から聞いていました、色々ほんとうにお世話になりました」と、悲しみを抑えながらも、ご丁寧なお言葉をいただきました。
コロナ禍でも立派な葬儀をされ、参列させていただけたことに感謝しました。

約20年、難病や中途障害者のために頑張ってきた彼女が、
若くして辛い病気で亡くなったことに、
ご家族はもちろんのこと、
作業所スタッフや利用者の悲しさ悔しさを思うととても辛くなります。

きょうの葬儀ー

私は自坊にて手を合わせました。

南無阿弥陀仏

合掌

光道寺 かなえる不動

根来に縁深き三国瀧谷寺巡拝

約600年前ー
紀州根来寺にて新義真言を学んでいた睿憲上人が
さらに奥義を究めようと中国に渡る途中、玄界灘で船は難破し、
ついには思わぬ越前の海岸に漂着したのです。

結局、
上人は渡航をあきらめこの﨑浦海岸近くに一宇を建立し薬師如来をお祀りしたのです。
このお寺がここ瀧谷寺のはじまりなのです。

紀州と縁深き睿憲上人の「衆生済度」の篤い志念は多くの人々を救い、
そして今も多くの参拝者が絶えないのです。

ご住職に「わざわざ遠くから有難うございます」とお言葉も戴き、
本堂瑠璃殿にてご真言をお唱えし、
「難病患者に寄り添い下さい」とご祈念させていただきました。

ありがたき巡拝でした。

南無薬師瑠璃光如来
南無大師遍照金剛

合掌

ちなみに瀧谷寺参道は「椿の花参道」として有名で、
山門の右手、瑠璃殿まえの「前石庭」と本堂裏の「竜泉庭」は
国の「名勝庭園」にも指定されています。

ちょうど境内の桜が満開にちかく、
この季節に瀧谷寺に来ることができてほんとうによかったと
ただ感謝の一日でした。

  *

帰りには境内の残雪深い永平寺にお参りさせていただきました。
コロナ禍で内拝はできませんでしたが、
ご朱印を戴いたあと、
普段見ることができない山内で一番古い巨大山門を拝むことができました。

合掌 拝

瀧谷寺

山門
椿の花参道
本堂瑠璃殿
本尊 薬師如来
観音堂
前石庭
竜泉庭
龍泉庭
総門から参道を望む

永平寺

残雪いっぱい
永平寺山門(五百羅漢が祀られている)
山門の四天王
山門の四天王
永平寺唐門
瀧谷寺と永平寺のご朱印

10年前、人生最大の布施

あのときは還暦60歳ー

10年前の今日、人生最大の布施。

嫁に行ったにもかかわらず尼僧になり寺を継いでくれるという娘夫婦が、
近くに家を建てて住んでくれるというので新築資金の一部として贈与を予定していた資金を、
発災4日目、まだ募金体制ができていないなか寄付させていただいた。

時まさにタイガーマスク現象のさなかでした。

子どもたちも気持ちよく理解してくれたのが後押しとなった。

未だに避難困難区域が多く、
たくさんの避難者がいるなか、
マスコミ報道に気づかされ、
3月11日だけ大震災を思い出している自分ではいたくないと自省しています。

いまは古希70歳ー

コロナ禍が過ぎればまた慰霊の旅に出たいと思っています。

2011.3.16朝日新聞記事
2011.3.16毎日新聞記事
岩手日報(3.11)「最後だとわかっていたらなら」(アメリカ人女性ノーマ・コーネット・マレック氏による詩・佐川睦氏日本語訳)の記事

合掌

甲賀三大仏と薬師如来巡拝

甲賀三大佛ー
 ・大池寺 釈迦如来座像
 ・櫟野寺 薬師如来座像
 ・十楽寺 阿弥陀如来座像

三体とも丈六(立ち上がれば約5メートル)の日本最大級の仏さまに、
東日本大震災から10年目の慰霊に、お逮夜参りをさせていただきました。

そして他の参拝者がおられないこともあり、それぞれ三ヶ寺にお祀りされている薬師如来さまに「難病患者に寄り添い下さい」と、経を上げご祈念させていただくことができました。

大池寺は釈迦如来大佛もさることながら、小堀遠州作の蓬莱庭園がとりわけ有名で、奥様が座敷のガラス戸をすべて開け放ってくださり、お抹茶のお接待までいただくことができました。

また、十楽寺でもは奥様からとても丁寧な諸仏のご説明をいただきました。
紀州の田舎寺の住職であることをお話しすると
お土産まで持たせてくれました。

本堂内の写真撮影の許可も下さり、ありがたい限りでした。

十楽寺は摩耶夫人のお寺としても有名で、
日本に2体しかないといわれる、お釈迦様が母摩耶夫人の脇から生まれ出る像(重要文化財)もお祀りされていました。

ありがたくも感慨深い巡拝でした。

南無釈迦牟尼佛
南無薬師瑠璃光如来
南無阿弥陀佛

合掌

大池寺

大池寺全景
大池寺正面
ご本尊釈迦如来座像
大池寺ご本尊釈迦如来座像
平成になってからお祀りされている薬師如来
奥様が私のためにガラス戸を開け放ってくれました。
蓬莱庭園(小堀遠州作)
可愛いお干菓子とお抹茶のお接待ー感謝

櫟野寺

櫟野寺参道
櫟野寺山門前千体佛
櫟野寺本堂
薬師如来丈六大佛(写真集より)

十楽寺

十楽寺山門
十楽寺境内
十楽寺本尊丈六の阿弥陀如来座像
十楽寺の薬師如来
十楽寺の奥様にご親切にしていただきました。
摩耶夫人釈迦誕生像(右脇から誕生する釈尊)
三大佛ご朱印
甲賀三大佛めぐり

住職著書3冊、関東で常備配本

田舎坊主シリーズ3冊

 ・田舎坊主の求不得苦(2013年)
 ・田舎坊主の七転八倒(2015年)
 ・田舎坊主の闘病日記(2019年)

関東地区と関西の一部書店での3年間常備配本が決まりました。

一年ごとに書店が変わります。。。

合掌

関東地区と関西一部書店で常備配本

篠山城下町 9ヶ寺2社巡拝

丹波篠山の城下町 9ヶ寺2社を巡拝させていただきました。

<寺院 >
大国寺 高仙寺 宇土観音 誓願寺 文保寺 観音寺 尊寳寺 本経寺 来迎寺

<神社>
まけきらい神社(伏見稲荷大社みたいな鳥居がある)
篠山春日神社(国重要文化財の能舞台がある)

今回は安泰山 大国寺の「一仏三身」と呼ばれる珍しい薬師如来さまにお参りです。
藤原時代特有の光背、宝冠、蓮華座が揃った珍しい仏さまで、
阿弥陀さま、大日如来さま、持国天さま、増長天さますべてが国指定重要文化財で、さらに本堂も唐様と和様の折衷様式で国指定重要文化財なのです。

気さくなご住職から熱心にご説明いただき、五仏宝前にて写真まで撮らせていただきました。

難病患者会に関わっていることをお話しさせていただき、
ご住職もともに「難病患者さんの安寧」をご祈念下さいました。
ありがたい、ありがたい参拝でした。

また高仙寺に於いてもご親切に説明いただき、
お薬師さまや観音さまに「どうか難病患者に寄り添い下さい」とお参りさせてもらっていることを話しますと、
秘仏観音さまを見ていただけないことをひどく残念がっていただきましたが、
3年前にご開帳した写真を写すことをお許しいただきました。

ありがたいことでした。

天気にも恵まれ、その他篠山城下町周辺の7ヶ寺2社をお参りさせていただくことができました。

ありがたき巡拝でした。

合掌

大国寺

大国寺ご住職

高仙寺

高仙寺ご住職

宇土観音

誓願寺

文保寺

観音寺

尊寳寺

本経寺

来迎寺

まけきらい神社

篠山春日神社

ご朱印

岡崎の薬師如来三ヶ寺巡拝

愛知 岡崎の薬師如来三ヶ寺巡拝ー

・身体健康と目の薬師さん 真福寺

・水体薬師如来霊水が湧く  瀧山寺

・五香湯をもって病人を救う 蓮華寺

三ヶ寺とも東海四十九薬師霊場札所として古くからあり、
多くの参詣者が絶えません。
コロナ禍の平日でもあり、ほとんどお参りされている方はいませんでした。

そんななか幸いそれぞれのお寺の本堂にお参りさせていただき、
ご真言をお唱えし、薬師如来の御法力が難病患者の心身に寄り添い賜らんことを心より祈念させていただきました。
薬樹王院 瀧山寺では裏山の「薬師霊水」まで足を運び、
ありがたき霊水霊験が難病患者に届くように祈らせていただきました。
ご住職は「あそこまで行かれる方はほとんどいないです」と話されていました。

また今回ー

真福寺では巨大な瀬戸物のお線香立てに感服し、

瀧山寺では鎌倉時代の本堂と仁王門に感嘆し、

蓮華寺では八重の老紅梅の美しさに心癒やされました。

ありがたき、ありがたき薬師巡拝でした。

オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ

合掌

真福寺

真福寺正面
真福寺本堂への階段
薬師如来と書かれたお線香立ては直径60㎝以上の瀬戸物
ご本尊と薬師扁額

瀧山寺

瀧山寺本堂
瀧山寺三門
ご本尊
薬師霊水への山道
水体薬師如来霊水

蓮華寺

蓮華寺
百体地蔵
蓮華寺本堂
八重咲きの老紅梅
三ヶ寺のご朱印

合掌 拝

伊賀の石薬師堂・正月堂巡拝

伊賀の石薬師堂へお参りー

薬師堂(元岩道寺)手前には県道を挟んで巨大な花崗岩に六地蔵が刻まれています。

石薬師堂はその県道の下にあって、ややもすれば見過ごしてしまいそうでした。

「難病患者に寄り添って下さい」との願いを込めてご真言をお唱えしたあと、

近くの古刹「観菩提寺 正月堂」(東大寺 実忠僧正創建)にお参りし、
ご朱印をいただいたあと裏山に祀られている「西国三十三観音霊場」も巡拝させて頂きました。
本堂は国宝で立派な構えでした。
ご本尊の十一面観音菩薩(2m高)は33年に一度しかご開帳されない秘仏だそうです。

その他、伊賀コリドールロード6ヶ寺お参りさせていただきました。

ありがたきお詣りでした。

南無薬師瑠璃光如来
南無観世音菩薩

合掌

左)弥陀三尊 右)薬師如来
石薬師磨崖仏
六地蔵磨崖仏
六地蔵
観菩提寺山門
観菩提寺 正月堂
観音山 西国三十三観音霊場巡り
観音さま
観菩提寺 正月堂正面
永保寺本堂
永保寺本尊
延寿院(赤目滝山上)
極楽寺(東大寺二月堂松明調達寺)
極楽寺全景
青雲寺(無住)
滝仙寺
滝仙寺這松
滝仙寺全景
鸕之宮神社参道階段百三十段
鸕之宮神社拝殿

初不動WEB法話

今年の初不動は護摩焚き法要だけになり法話もできなかったのですが、ある方から、今年も法話を聞きたかったとお話がありました。

なのでこの場でWEB法話させていただきます。

   *

ある老僧の言葉ー

私が坊主になりたくないと思いながらも仕方なく小坊主していたころ、ある老僧に「お経って何ですか?」と聞いたことがあります。
老僧は「お経は祈りじゃ」と即答してくれました。さらに「お経は特効薬でも神医者でもない。お経が祈りである限り祈っているときに出る言葉や思いがお経そのものじゃ」と。

坊主になってから多くの僧侶の方々と関わってきたけれど、なかには形や正確さだけに囚われている方もおられました。
とりわけお付き合いしたくないと思ったのは、いわゆる「拝み屋さん」もどき坊さんです。

老僧が健在なら「そんな坊主、髪を剃って心を剃らずじゃなあ」と笑っておられると思います。

コロナ禍のいまー

多くの神社仏閣は「祈り」の具現化として建てられてきました。
なかでも薬師如来を本尊とする寺院は多くは「流行病(はやりやまい)を封じて下さい」との祈りを込めて建てられました。
ちなみに祇園祭など有名なお祭りも同様の趣旨で始まったものがたくさんあります。治療薬もないコロナ禍のいま、かつての祈りの形は寺院建立からワクチン製造に変わっていますが、「流行病(はやりやまい)を封じて下さい」との祈りは今も昔も変わることはないでしょう。

さてー

私たちは往々にして「病気を治してくれる霊験あらたかなお寺」などといいます。
でもそれはあやまりです。

全国各地にある薬師如来をお祀りする寺院は、そのお寺そのものが祈り続けているのです。
薬師如来さまが祈り続けているのです。

もしそこにお参りして病気が治ったのなら、それはあなたの祈りがあらたかであったからこそ祈りの力がお経となり治ったのでしょう。

かつての老僧はこういうことを私に伝えたかったのではないでしょうか。

祈り続けるー

私にとって大切な方が昨年難病の診断を受けました。
亡妻も私もとてもお世話になった方です。
進行がはやく両手が固縮しPEGもストマも設置されています。
28日に護摩祈祷のお札を持参すると両手固縮のため両腕にそのお札を抱きしめられました。

私は固まった両手をさすりながら「ごめんな、祈ることぐらいしかできず、こんなことしかできずごめんな」と詰まる思いを抑え、ベッドに向かう後ろ姿を見送って帰宅しました。

難病と関わって48年にもなるのに、なんの力にもなれない無力感にさいなまれています。

それでもー

自坊大日大聖不動明王ご宝前で祈り、各地の薬師瑠璃光如来ご宝前での祈りを続けていこうと思います。

私にはそれしかできないのですから・・・。
それが私の使命なのですから・・・。

法話というより所感となりました。悪しからず。。。

令和3年1月30日

不動坊 良恒

合掌

浄瑠璃寺、岩船寺周辺リハビリウォーキング

晴れ間をぬって浄瑠璃寺、岩船寺周辺リハビリウォーキング🚶🚶🚶

岩船寺の裏山貝吹岩まで登ると木津川の流れと遠くに生駒山が望めました。
途中、石窟不動、穴薬師、ながおのあみだ石仏などを拝みながら浄瑠璃寺へ。
参道の茶店では元日桜(寒緋桜)が咲き始めていて、
三種のお味噌を使ったコンニャク田楽をいただきました。

この浄瑠璃寺の三重塔には薬師如来(重文)がお祀りされ、
向き合うように九体の阿弥陀さま(国宝)を収めた阿弥陀堂(国宝)があって、
「浄瑠璃世界」が表現されています。
こちらには三度目の訪寺でしたが、あらためて難病患者病気快癒を祈願させていただきました。

ちなみにこの日なぜか10人ほどお参りされていていつもより多く感じたのですが、
お店のご主人からー
「今朝、関西テレビのよ~いドン!で吉本新喜劇のあいちゃんが浄瑠璃寺の紹介してここでとろろご飯を食べてくれたのが放映されたんです」
そういうことで・・・。
納得しました。

南無薬師瑠璃光如来
南無阿弥陀仏

合掌

岩船寺三重塔
本陣山頂上の貝吹岩へ
もうすぐ貝吹岩へ
貝吹岩(ここからホラ貝を吹いたそうです)
貝吹岩からは木津川、遠くは生駒山が望めます
岩船寺石窟不動(重文)
穴薬師
穴薬師石仏
ながおのあみだ
ながおのあみだ
浄瑠璃寺門前茶店
茅葺きの横棟が茶店
元日桜(寒緋桜)

初観音の所感

初観音に所感

数年前、従姉妹から拙書既刊3冊の読後感をいただいた。
「3冊ともすぐ読ませていただきました。目が弱く手に痛みのある私には、手のひらの大きさで持ちやすい厚さ、また字の大きさもほどよく読み手への優しさが伝わってきました。良恒ちゃんのお人柄が感じられてうれしかったです。 早くからふる里を遠く離れた私にとって、この本を読むことがなかったら、良恒ちゃんの人生を知ることもなかったでしょう。 2作目の『田舎坊主の愛別離苦』のなかにあなたが憲法九条を守ること、平和の大切さを書いてくれていました。私は少し絵を描いているのですが『美術九条の会』また『平和美術展』というのがあります。微力ですが私も平和を守ることの大切さを絵の恩師から教えられました。世界で唯一原子爆弾の被爆国として大きな犠牲を払って終戦に至った国です。この犠牲のもとに得られた平和憲法や憲法九条は、戦争を二度と起こさないためにも守るべきと私も思います」と。(再掲)

その後何度となく電話で話し合った。
 彼女の肩書きはー武蔵野美術大学卒業、日本美術会会員、美術家平和会議会員・・・等々、立派な美術家なのです。
 その彼女は難病の悪性関節リウマチの影響で腰痛がひどく、足指の変形で靴が履けず、目の炎症も悪化し見えなくなる前の要手術状態だったのです。
さらに病弱の夫と母親の介護と看病の日々、周囲からはとても絵が描ける状態に見えないなか、それでも「絵を通して平和を」の信念から描き続けていたのです。
 私は『田舎坊主の愛別離苦』の挿絵を描いている女性が、従姉妹と同病の自己免疫疾患女性患者であることをメモに添えて彼女の絵本を送りました。

その従姉妹が昨年暮れ亡くなったことを弟さんから知らされたのです。
急逝だったことを聞いて驚くとともに、彼女の人生を思うと胸が詰まされた。

 今年松の内も明けたころ、その従姉妹の姉から電話があった。
 妹の死の報告とともに長い電話になった。
 私の電話番号は知らないはずなのに、どうして知ったのか聞いて驚いた。生前に妹から私の最新刊「田舎坊主の闘病日記」を読むことを薦められ、そのとき電話番号を教えてもらったそうだ。
 その姉は両親の猛反対を押し切って両腕欠損の病弱男性と結婚し、その後声を潜めて生きてきた。
 私の本を読んではじめて私の半生を知り、話しやすかったのだろうか、難病の妹の死、その妹に母親の介護をしてもらった悔悟、ひとときも離れることができなかった両腕の無い病弱の夫の死、それぞれが必死に生きてきたことーそんな中でも両親が常に話した「感謝して生きる」という教え等々、堰をきったように話してくれた。
 そして最後に、私が作った「仏前のおつとめ」奥津城の部分ー
  ・そのままで結構ですと喜びましょう
  ・人、世のために奉仕しましょう
  ・有り難い、有り難いと腹から唱えましょう
をいつも暗唱していると言って、ありがとうと電話を切った。

 これらの電話がある少し前ー
 私の大切な知り合いで、私の妻が亡くなるまでとてもお世話になった方ご自身が辛い難病の診断を受けました。施設などにいる難病患者に奉仕し続けた方なのに、です。
 病状進行も早く、坊主であり難病患者会に長年携わっていながら何もできず、私は唯々無力感にさいなまれた。
   *
 年末年始、「生きる」ということを考えさせられました。

 長く生きることは大切なことでしょう。
でも長さではなく、
何をしてきたのか(奉仕)ー
どう生きているのか(感謝)ー
ということも大切だと思うのです。

これからも観音さま、お不動さま、お薬師さまにー
「難病患者のお心に寄り添って下さい」と祈り続けていこうと思います。

私にはこれぐらいのことしかできません。
合掌

2018年にギャラリー麦で開催された従姉妹の個展
仏前のおつとめの表紙と奥津城
(断食修行で教わったことです)

南山城古寺 禅定寺巡拝

寒中の晴れ間に南山城古寺巡拝ー禅定寺

山門をくぐって目に入ってくるのが重厚なかやぶき屋根の本堂、
庭には仏教詩人坂村真民氏の来山記念に「念ずれば花ひらく」の句碑がある。
そして本堂から庫裡に続く廊下に活けられた立派な正月の祝い花。
生け花は至る所に活けられていて、仏様だけではなく花々にも心が清められるような思いでした。

受付とご朱印をお願いして本堂に入らせていただきました。
懇ろに手を合わせご真言をお唱えさせていただきました。
右手にある圓通閣(観音堂)に安置されている薬師如来座像には「難病患者のお心に寄り添い下さい」と心からご真言をお唱えさせていただきました。

広い本堂の後ろには創建1000年を記念して平成11年4月8日大涅槃図が描かれていました。
その涅槃図と庭を眺める窓には「此岸 迷の窓」と「彼岸 悟の窓」が設えられていました。

その後山門横にある巨大な収納庫を見学させていただきました。
まず正面の身の丈3mにおよぶ巨大な十一面観音立像に圧倒され息を呑みました。
藤原時代初期の作で旧国宝。現在は重要文化財で京都随一の大きさを誇ります。
収蔵庫にはすべて重文の四天王や文殊菩薩像、半跏延命地蔵菩薩などが収められています。
これだけの大きさの収蔵庫は初めての経験でした。

ありがたく、ありがたく拝することができました。
南無十一面観音菩薩
南無薬師瑠璃光如来

合掌

禅定寺参道
禅定寺本堂
坂村真民氏「念ずれば花ひらく」の句碑
廊下の正月花
手水鉢の南天
寺額
十一面観音菩薩立像(286㎝)と文殊菩薩騎獅像
圓通閣(観音堂)
平成の大涅槃像(左全面)
平成の大涅槃像(右全面)
「此岸 迷の窓」
「彼岸 悟の窓」
本堂正面庭を望む
ご朱印

合掌 拝