田舎坊主

テレビ和歌山 「この人にDO」生出演

           

田舎坊主の著書

「田舎坊主の七転八倒」 2015年発行
「田舎坊主の求不得苦」 2013年発行
「田舎坊主の愛別離苦」 2009年発行
「田舎坊主のぶつぶつ説法」 2002年発行
住職が事務局を務める「紀の川市難病患者家族会きほく」です。
「患者さんこそ笑って元気」笑福亭鶴笑さん
「患者さんを笑わしたろ」桂枝曾丸さん
難病患者を励ます木乃下真市チャリティーコンサート

住職の闘病

腸腰筋膿瘍という病気

2015年2月16日(月)

 1月の母親の一周忌ごろから騙しだまし腰をかばってたけど、このところ腰痛最悪。
 きょう和医大へ妻敏子さん外来通院やのに、運転できるかなあ?
結局、義兄に運転を頼みました。

2月26日(木)入院
 両肩と腰の痛みと高熱で那賀病院に入院、
腸腰筋膿瘍と診断される。最近では非常に珍しい病気で放っておけば敗血症で100%死にます。

3月6日(金)

 両肩、腰の激痛、高熱、腸腰筋膿瘍 の入院から9日、やっと携帯を持ち上げられるようになりました。
 パーキンソン病の妻は不安定になり肺炎併発で他の病院に救急入院になってしまいました。
 私はまだまだ点滴が続きます。
 昨晩、きれいな満月に手を合わせました。
 みんなに迷惑をかけ、みんなに助けられています。

3月17日(火)
 19日、やっと点滴から解放されます。
 あとは抗生剤は飲み薬に、20日に退院することができます。
痛みは腰と右肩に若干残っていますが、主治医の的確な診断と治療により、両肩を引きちぎられそうな激痛から解放され、敗血症に至らず回復させていただきました。
 今回、腸腰筋膿瘍という病気になったのは、やはり免疫力の低下ということで年齢もさることながら、睡眠不足が大きな原因だと思います。
 もともとこの病気の症例数自体多くなく、高齢で進行した糖尿病患者などに多いとされます。
しかもこの病気が発見されるのは膿瘍の大きさが手の握りこぶしかそれ以上の大きさになってからで、私のように7~9ミリの大きさで見つけられることはほとんど無いといいます。
(整形外科専門医のお話)
私の主治医が注意深く、しかもこれほどの激痛の多発性関節炎には原因が他にもあることを疑い、X線レントゲン、全身単純CT、骨盤のMRIに加え、血管造影によるCTを撮ってくれたおかげで病気を確定していただくことができました。
 主治医には本当に助けていただいたという感謝の言葉につきます。

私が入院して一週間目に、一日早く施設に入った妻が精神的に不安定となり、肺炎を併発して救急で他院に入院となったのですが、
そのことを主治医に話すと
 「奥さんの状態が落ち着いたらこちらの病院に転院させることもできるし、病室も開けておくから心配しないように。
病院にある地域連絡室にはその旨を話して対応してもらうので、
大丈夫!大丈夫!」と私の痛い左肩にそっと手を置いて
優しい笑顔を浮かべ、快く妻の対応と私への励ましの言葉をいただくことができました。
 激痛で何もできない私は熱いものがこみ上げ、ただただ必死で手を合わせました。
 「医は仁術」といいますが、
医師は患者に寄り添うことが最も大切だと講演などではお話しさせていただいているのですが、まさにこれを地で行く主治医に診ていただけたことに本当に感謝しています。

3月20日(金)
那賀病院を退院。 
 あとしばらく抗生剤治療は続きますが、
桜が満開に咲く頃にはぼちぼち普通に戻ると思います。
 ご心配いただいたみなさまにご報告とお礼とさせていただきます。


3週間後再入院は
「化膿性脊椎炎」という病気


▼2015年4月11日(土)再入院

 退院から3週間後、毎日妻の付き添いに行っていると段々腰痛がひどくなり、激痛のため歩くことも座ることもできなくなり、病気再発。
今度は脊椎に膿がたまって「化膿性脊椎炎」と診断されました。
腰椎が溶けているのです。

 入院してから毎日ベッド上安静と毎日三回の抗生剤点滴を言い渡されました。
 激痛のため寝返りもできず、手術対応ではないため倍量の点滴が約50日続き、痛みが取れだしたのは6月9日退院の1週間前ぐらいからでした。
 やっと退院できたものの脇の下から腰までのハードコルセット着用、週1回の通院と経口抗生剤が6ヶ月続きます。
実際には七ヶ月半抗生剤治療が続きました。

病病介護の現実

 多くの方に迷惑をかけ、多くの方に励まして頂きました。
 妻は今も入院中ですが、家で看てやりたいと思いながらも我が身がままなりません。
 今はときどき病院へ行き顔を見せて妻を安心させてやることしかできません。
 誰がいつどのような病気になるかは分かりません。私のように介護者が病気にならないとは限りません。
 ましてや難病患者にはそれぞれ個人差はありますが、病気にオフはありません。
 通院はもちろんのこと、入院を余儀なくされることもあります。
 そんな時、医師や看護師の言葉が病態を大きく作用することがあります。
 医師の医術には知識、医療技術はもちろんのこと、患者に対し当事者意識をもち、対等に接する精神的な温かさを求めていくのは、
これからも患者会としての重要な役割だと思うのです。
 加えて、高齢者が高齢者を介護することもさることながら、
病人が病人を介護することの困難さを実感した入院でした。
 平成28年1月にレントゲンなどの検査結果を見て問題なければ治療が終了する予定です。
 ちなみにネット情報では化膿性脊椎炎が完治したという体験談はありませんでした。


 ちなみに妻敏子は2017年8月24日おたすけ地蔵に護られながら永眠いたしました。

合掌

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