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般若心経講義

 
開経偈(かいきょうげ)

 無上甚深微妙法       無上甚深微妙の法は 
 百千万劫難遭遇       百千万劫にも遭い遇うこと難し
 我今見聞得受持       我れ今見聞し受持することを得たり 
 願解如来真実義       願わくば如来の真実義を解したてまつらん
<わけ>
 この上もなきありがたき法(おしえ)には、
 早々出会えるものではありません。
 私は今それを見、聞き、手にすることが出来ました。
 願わくは本当の意義を理解したいものです。

 仏説摩訶般若波羅密多心経

   仏(佛)・・・・釈尊。幼名シッダールタ
           29歳で出家、35歳で悟りを開く(成道)
   沸(沸騰)→水でありながら水にあらず。
   佛 →人でありながら人にあらず。

 摩訶(マハーの音写)・・・・「大」「多」「勝」
 「大」・・・・三世十方に広大無辺。
 「多」・・・・八万四千の法門を含む。
 「勝」・・・・あらゆる執着を離れて、心動じない。

 般若(パーニャの音写)・・・・「智恵」
 人生において、常に平安な心を保ち悩みや苦しみを解決するための
 真実の智恵のこと。   (悪知恵や猿知恵、入れ知恵ではない)

 波羅密多(パーラミターを音写)・・・・「彼岸に到る」
   悩みや苦しみのない平安で、すべてを喜ぶことのできる彼の岸(彼岸)
   <悟りの世界>に渡ること。
 心経(フリダヤ)・・・・「真髄を示している」
   ①中心、核心
   ②こころ
   ③呪(明呪)
<現代語訳>
 「仏さまの説かれたすばらしい真実の智恵の実践行について
 その真髄を示した経典」
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平成18年3月25日(土)

 観自在菩薩行深般若波羅密多時。照見五蘊皆空度一切苦厄

<書き下し文>
   観自在菩薩は深く般若波羅密多を行ぜられし時、
   五蘊は皆空なりと照見せられ
   一切の苦厄を度したまえり。

 観自在<アバローキテー シュバラ>(見られた 音)
  自由自在に見ることができる。
  あるがままに見ることができる。
 菩薩・・・・菩提薩?<ボーディー サットバ>の略(仏さまの種類の一つ)
 ボーディー →悟り(覚)
 サットバ →生命あるもの(有情)
 「覚有情」・・・・悟りを求めている生命あるもの
     在家の求道者(わたしたち自身でもある)
 (注)般若心経の主人公は観自在菩薩であり、「菩薩による菩薩のため
    の菩薩の経典」と言える。
 ※仏さまの種類
  如来・・・・悟りの姿
        大日、阿弥陀、釈迦、薬師
  菩薩・・・・慈悲の姿(飾り物を身につけている)
        観音、虚空蔵、普賢、文殊、日光、月光
  明王・・・・怒りの姿
        不動、愛染
  天神・・・・仏教以外の神が仏教の守護神となった
        大黒天、弁財天、鬼子母神、帝釈天
 ※観音さまの種類(六観音)
  聖観音(宝瓶、蓮華)・・・・地獄
  千手 ・・・・餓鬼
  馬頭 ・・・・畜生
  十一面 ・・・・修羅
  不空絹索(なわ、綱)・・・・人間
  如意輪 ・・・・天道
  ■なぜ般若心経に観音様が登場するのか?
    どんな姿にも変身でき、あらゆるものを自由自在に観ることができる。
    言い換えれば存在する一切のものを「空」と観ることができる。
    般若心経は「空」を説いているから。
 般若波羅密多(パーニャパーラミター) <彼岸に到るための智恵>
  六波羅密(大乗仏教の実践行)
   1.布施(ダーナ)・・・・他人に対して広く施しをする実践
    ・無財七施→①顔施②和願施③言辞施④身施⑤心施⑥座施⑦舎施
    ・三輪空寂の布施
      ①能施を忘れよ(施した量と数)
      ②所施を忘れよ(施した相手)
      ③施物を忘れよ(施した物)
    あたえる者、受ける者に共に下心や計算があってはならない。
    捨てさせていただく気持。

  2.持戒(シーラ)・・・・日常生活の諸規則を守る実践
  3.忍辱(クシャンティ)・・・・がまんの実践
  4.精進(ビリヤ)・・・・あらゆる努力を惜しまない実践
  5.禅定(ディヤーナ)・・・・心を集中させる実践
  6.智恵(パンニャー)
 五蘊        ・・・・・・・・「物質と精神」、「肉体と心」
 空(シューニャター)・・・・・・・・0(ゼロ)、空っぽ、何もない状態
 <現代語訳>
 観自在菩薩は大乗仏教の修行道である六波羅密を実践された時、
 物質も精神も含め、この世の全てのものは「空」であると観て、
 あらゆる悩みや苦しみを超越されました。

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舎利子色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如

 <書き下し文>
  舎利子よ、色は空に異ならず、空は色に異ならず、色即ちこれ空なり
  空即ちこれ色なり、受想行色もまた亦かくの如し

 舎利子(お釈迦様十大弟子の一人で最も優秀な弟子)
 ■般若心経における舎利子の意義
   特別な修行をしたものだけが悟りの境地を得られるという「小乗仏教」の
   閉鎖的で独善的な出家至上主義を否定し、もっとおおらかで、自由で、
   出家在家の区別のない、大乗仏教の考えが大切である。

 色不異空 空不異色(色は空に異ならず、空は色に異ならず)
  人間を構成している心も身体も当てにはならない。
  人間がすることも生きていること(色)も、何もかもが当てにはならない(空)。
  その上に人生が成り立っている。これが大前提なのだ。
  しかし、全て当てにはならないといっても(空)、ここに自分が存在することも、
  みんながここにいることも、現実であり、否定することはできない(色)。
  それを認めて生きていかなければならない。
 
 色即是空 空即是色(色即ちこれ空なり、空即ちこれ色なり)
  たしかにこの世は空しく、当てにはならないと思っているからこそ、
  人間は時として素晴らしい存在に気づく事がある。
  命がはかないからこそ、生きていることが素晴らしいと気づく。
  桜の花も命が短いから精一杯花を楽しもうとする。
  空しいと思っていた「空」は空しくなく、
  広大無辺な広がりに気づくことができる。
<空の広大な広がり>
  ちりめんじゃこを食べられるのは、スーパーで売っているものを
  お金で買ったからではない。ちりめんじゃこがスーパーの店先に並ぶまでには、
  漁師さん、魚の網屋さん、船大工さん、重油、アラブの油田、輸送船、
  漁師さんの弁当を作る奥さん、奥さんを生んだお母さん、漁師を生んだ親、
  天日で乾かすための太陽、人工乾燥の場合は電気、電力会社、・・・・・。
  もともと無いのと一緒。
  でも食卓に並んでおいしく頂くことができて、命を育んでいる。

 ■色受想行識(五蘊)・・・・・精神と物質、肉体と心
  色・・・・物質的現象として存在する全てのもの、形あるもの。
  受・・・・感覚「苦しい」「楽しい」「うれしい」
  想・・・・「青を青」「赤を赤」と知覚する働き
  行・・・・精神的な働きが一定方向にうごく。(行動)
  識・・・・分析や判断
    ・色のように「受想行識」もそのようなものである。
<現代語訳>
 舎利子よ、あらゆる物質的存在は空にほかならず、空がそのまま物質的存在に
 ほかならない。
 物質的存在がすなわち空であり、空がすなわち物質的存在なのだ。
 知ったり、感じたり、判断したり、意欲をもったりする、我々の精神作用も
 これまた同じく空なのである。

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 舎利子是 諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減

 <書き下し文>
   舎利子よ この諸法は空相にして 生ぜず滅せず 垢ならず浄ならず
   増ぜず減ぜず

  ・諸法・・・・この世に存在するあらゆるもの
  ・空相・・・・固体的実体がない(無自性、無実体)
        「無体(むたい)」→「勿体(もったい)」
        「勿体な」・・・・「勿体ない」はこれが変化した言葉
 <意味>物事を存在(ぞんざい)に考えないこと
        無限に存在する(ある)と思わないこと
        本来「無い」と思えば、ものを大切にすることができる
 ・不生不滅
   全ては変化しているだけで、生じたのでもなければ、滅するのでもない
 ・不垢不浄
 ・不増不減

 「縁起説」
   ・此あれば彼あり
   ・此なければ彼なし
   ・此生ずれば 彼生ず
   ・此滅すれば 彼滅す
 【解説】
  精神的物質的を問わずすべてのものは消滅変化するものであり、
  その生ずるには何もないところに突如として生じたり、
  滅するには存在するものが全くの虚無となったりすることはなく、
   すべては因(直接原因)と多くの縁(間接原因、条件)との関係によって
  変化し、「生」と言っても、他のものが形を変えて姿を現すものであり、
  「滅」もそのものの姿がなくなって、他のものへと姿を変えるに過ぎない。

 <現代語訳>
 舎利子よすべての存在は空である<すべての存在に実体がない>ところから、
 生滅もなく、浄不浄もなくまた増減もない。

 是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界乃至無意識界

<書き下し文>
この故に、空の中に色なく、受想行識なく、眼耳鼻舌身意もなく、色声香味触法もなし。眼界もなく、および意識界もない。

色受想行識・・・・・・五蘊(ごうん)→精神と物質
眼耳鼻舌身意・・・・六根(ろっこん)→人がモノを認識する入り口(六入)
色声香味触法・・・・六境(ろっきょう)→心を迷わすモノ(六塵)
眼識界、耳識界、鼻識界、舌識界、身識界、意識界・・・・・・六識(ろくしき)
→好ましいモノは取り入れ、いやなことは避け、故人の判断で取捨選択

│認識の入り口       │ 認識の対象      │分析判断 │
│ 眼根(眼球・・・視神経)│  色境(色形)     │   眼識 │
│ 耳根(耳・・・蝸牛神経)│   声境(音)      │   耳識 │
│ 鼻根(鼻・・・臭神経)  │  香境(におい)    │   鼻識 │
│ 舌根(舌・・・味蕾)    │  味境(五味)     │   舌識 │
│ 身根(手足・・・末梢球)│  触境(手触り)    │   身識 │
│ 意根(頭・心・・・脳)    │ 法境(惜、欲、憎、愛│   意識 │

・目に青葉 山ホトトギス 初がつお (色)
・衣替え 手に付く藍の  匂いかな (香)
・心ここにあらざれば 見れども見えず 聞けども聞こえず 食らえどもその味を知らず (色、声、味、無意識)

『老子』12章
「五色は人の目をして盲ならしめ、五音は人の耳をして聾ならしめ、五味は 人の口をして爽ならしむ。馳騁田猟は人の心をして狂を発せしめ、得がた きの貨は人をして行を妨げしむ。これをもって聖人は腹のためにして目のためにせず。」

 ※私たちが手に入れられる情報は、往々にして判断を誤らせるものである。

『天桂禅師』(曹洞宗)和歌山出身
「五蘊と六根・六境・六識の十八界は、あたかも雷光の如くなり。ありありと光れども何もなく、何もなけれどもありありと見ゆるもののたとえなり」

<現代語訳>
したがって実体がないのだから、物質的存在も精神作用もなく感覚器官もなければ対象世界もない。そして感覚器官とその対象との接触によって生じる認識もない。

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 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽

<書き下し文>
無明もなく又無明の尽きることもなし。及び老死もなく、又老死の尽きることもなし。
  「無明」・・・・明るくない→無知 愚痴(モーハ<莫迦>)
         ・ちなみに<莫迦>→バカ
  「無明~老死」・・・・十二縁起(因縁)
         人間が迷いの世界に次から次へと生まれ変わる因果関係

■般若心経で省略されている十二縁起(インドの輪廻転生説)
 無明 ・・・・ 無知であること
 行 ・・・・ 過去の善悪の行い
 識 ・・・・ 母胎に生命として宿る
 名色 ・・・・ 心身が発育していく
 六入 ・・・・ 感覚器官が備わる
 触 ・・・・ 出産後外界に触れる
 受 ・・・・ 対象に対し苦楽を判別する
 愛 ・・・・ 自分の欲する対象への愛着
 取 ・・・・ 自分のものにしたい執着
 有 ・・・・ 生存したいという欲
 生 ・・・・ 生を受ける
 老死 ・・・・ 年老いて死んでいく
 ■苦しみの発生
   ①惑(まよい)・・・・無明(過去)
              愛と取(現在)
   ②業(行い )・・・・行(過去)
               有(現在)
   ③苦(苦しみ)・・・・識、名色、六入、触、受(過去)
              生、老死(未来)

<現代語訳>
人間の根源的な無智迷妄がなく、また無智迷妄が消滅するわけでもない。
そして老死という苦しみもなく、老死という苦しみが消滅するわけでもない。

 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故

<書き下し文>
苦集滅道もなく 智もなく また得もなし 得るところなきを以ての故に

■四諦(苦集滅道)
 1 苦諦(苦しみをあきらかにする)
    ・生・老・病・死
    ・愛別離苦・・・別れの苦しみ
    ・怨憎会苦・・・憎むものとの生活、災難と会うこと
    ・求不得苦・・・求めても得られない苦しみ
    ・五蘊盛苦・・・物質と精神に執着する苦しみ
 2 集諦(苦の原因を明らかにする)
    ・煩悩
    ・愛(執着)
 3 滅諦
    ・原因を滅すれば苦がなくなることをあきらかにする
 4 道諦(3の方法をあきらかにする)→八正道
   ①正見・・・正しいものの見方
   ②正思惟・・・正しい決意
   ③正語 ・・・正しい言葉使い
   ④正業 ・・・正しい行為
   ⑤正命 ・・・正しい生活
   ⑥正精進・・・正しい努力
   ⑦正念 ・・・正しい意識、注意力
   ⑧正定 ・・・正しい精神統一
 以上の四諦さえない。それさえこだわってはいけない。

 ▼天台の教理<無智亦無得 以無所得故>
  無智・・・全ての存在は実体がないから、縁によって仮に存在している。
    <さとりの智恵の本体も実体もない>
            →「空諦」(一段目の空)
  無得・・・あらゆる現象を仮のものとして、その存在を肯定する。
    <智恵を得ることもない>
            →「仮諦」(二段目の空)
  無所得・・・全ての存在は言葉や思いやはからいを越えたものである。
 <それはもともと縁で成り立っている我々には得るところがないからである>
            →「中諦」(三段目の空)
  ※大切なこと
  故に自分のためではなく、自分の行動によって誰かがよろこび、誰かが幸せになり、他の存在の為の自分であることが肝要。
             ↓
           【法界供養】

<現代語訳>
仏教で説かれてきた「4つの真理」もなく、智恵もなければ、智恵を得るということもない。もともと得るということがないからである。
                      このページのトップに戻る

 菩提薩陲依般若波羅蜜多故 心無罫礙 無礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提
  (行人得益分)
<書き下し文>
菩提薩陲は般若波羅蜜多に依るが故に 心に?礙無し 罫礙無なきが故に 恐怖有ること無し 一切の顛倒夢想を遠離して 涅槃を究竟す 三世の諸仏も 般若波羅蜜多に依るが故に 阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり

    菩提薩陲・・・・(ボーディー サットヴァ)菩薩(観自在)
    ?礙・・・・・・わだかまり
    顛倒夢想・・・・逆さまな考えや、夢のごとき妄想
    三世諸仏・・・・過去、現在、未来の諸仏
    阿耨多羅三藐三菩提・・この上もない最高の悟り(無上正等覚)

  ■般若波羅密多<悟りに至るための道>

 六波羅蜜
  ①布施(ダーナ)・・・他人に対して広く施しをする実践
    ・財施
    ・無財七施
      眼施 和顔施 言辞施 身施 心施 座施 舎施
  ・三輪空寂の布施
     能施を忘れよ(施した量を忘れよ)
     所施を忘れよ(施した相手を忘れよ)
     施物を忘れよ(施したものを忘れよ)
  ※与える者、受ける者に下心や計算があってはならない
       (捨てさせていただく気持)
  ②持戒(シーラ)・・・日常生活の諸規則を守る実践
    ・十善戒
       不殺生 不偸盗 不邪淫・・・・・・・・(身業)
       不妄語 不綺語 不悪口 不両舌・・・・(口業)
       不慳貪 不瞋恚 不邪見・・・・・・・・(意業)

    ・五戒(在家仏教徒)
       不殺生 不偸盗 不邪淫 不妄語・・・(行為そのものが悪)
       不飲酒 ・・・・・・・・・・・(酔いによる行為が仏道の妨げ)
  ※釈迦「守れないときには戒を捨てなさい」(捨戒の便法→懺悔と反省

 懺悔文
  「無始よりこのかた貪瞋痴の煩悩にまつわれて身と口と心ととに造る 所の諸々のつみとがを
  皆悉く懺悔したてまつる」
  ③忍辱(クシャンティ)・・・がまんの実践
     ・生忍・・・・他人から罵られても腹を立てない。尊敬してくれても喜ばない
    ・法忍・・・・ものごとに対する執着をはなれて、心を安定させること
   ④精進(ビリヤ)・・・努力を惜しまない
    ・人間の歩みようのこと
      目的地に到着することが大切なのではなく、日々の歩みと毎日の生活
      が大切
    ・精密、精読、精勤、精白、精糖、精製
   ⑤禅定(ディヤーナ)・・・・心を集中させる実践
    ・禅宗→座禅・・・身構え(結跏?座、半跏座)
              気構え(呼気、吸気)
              心構え(叱責調整)
    ・天台宗→止観座禅・・・・止(無念無想)
           観(心を一つの対象に集中させる)
     ※思いを深めると共に、静寂をたもつ。
    ・真言宗→阿字観(日輪・月輪)
      阿字の中に宇宙や人生のあらゆる事象を含む 
    ・浄土真宗→「南無阿弥陀仏」・・・称名念仏
    ・日蓮宗→ 「南無妙法蓮華経」・・称題成仏
   ⑥智恵(パンニャー)・・・般若波羅密多(般若)
     自分の欲望によってながめたり、物事にこだわって窮屈になっている日常
     の知恵ではなく、物事をありのままにながめる、心自在な智恵
    ・「三恵」・・・・般若の智恵を得るための三つの方法
      聞恵・・・法の教えを聞くことによって得る智恵
      思恵・・・思考することによって得る智恵
      修恵・・・実践して得られる体験的智恵
 「般若」によって支えられた六波羅蜜 → 「深般若波羅密多」

   観自在菩薩行深般若波羅密多時。照見五蘊皆空度一切苦厄
   〓 菩提薩陲依般若波羅蜜多故 心無罫礙

     ■心無?礙
       ・罫礙 ・・・綱と妨げ、わだかまり
         自由な心(観自在)で他を利する行いをすること→「無罫礙」
     ■無罫礙故 無有恐怖
       ・恐怖・・・生活の不安、名声の不安、死への不安など
     ■一切顛倒夢想
       ・迷いの心がつくりだした逆さまな妄想
 『心経妄算』
  「心外に物を見るを顛と言い、因に背いて果を求むるを倒と言い
   無中に物を見るを夢と言い、愛悪に心動ずるを想と言う」
    心で見ずに他で見ることを顛と言い、種をまかずに実を得ようとするを倒と言い何もない中に物を見るを夢と言い、とらわれや悪事に心動くことを想と言う
  ・「四顛倒」
    1.常顛倒・・・無常を「常」と思っている
    2.楽顛倒・・・苦の世の中を「楽」と思っている
    3.我顛倒・・・「我」(自分)があると錯覚している
    4.浄顛倒・・・「浄」「不浄」を自分の尺度で固執している

  ■究竟涅槃
    ・円満寂静(さとり)の心境を究め尽くした
  ■三世諸仏
    ・過去仏・・・釈迦以前の七仏
    ・現在仏・・・釈尊を含む如来、明王など
    ・未来仏・・・弥勒仏
  ■阿耨多羅三藐三菩提(アヌッタラーサムヤックサンボーディ)
    ・無上正等覚
       この上もなき正しい完全な悟りのこと
                      このページのトップに戻る
<現代語訳>
菩薩たちは般若波羅密多を実践しているのでその心は何ものにも執着せず、またわだかまりがない。わだかまりがないから恐怖もないし、物事を逆さまに捉えることもなく、妄想に悩まされることもなく、心は徹底して平安である。過去現在未来の三世にまします諸仏たちも般若波密多を実践されてこの上ない正しい完全な悟りを得られた。

故知般若波羅蜜多 是大神咒 是大明咒 是無上咒 是無等等咒
能除一切苦 真実不虚
  (総帰持明分)・・・般若心経の効能、功徳の宣伝
     「持明」→「真言」
<書き下し文>
   故に知るべし、般若波羅蜜多は、これ大神咒なり。これ大明咒なり。
   これ無上咒なり。これ無等等咒なり。
   よく一切の苦を除き、真実にして虚ならず。

   咒・・・・霊力のある言葉(言霊<ことだま>)→「真言(マントラ)」

  般若波羅蜜多 (真実の言葉)
     是大神咒・・・・・・・・・偉大なる真言(すごいんです!)
     是大明咒・・・・・・・・・悟りのための真言(本当にすごい!)
     是無上咒・・・・・・・・・最高の真言(最高なんだ!)
     是無等等咒・・・・・・・比類なき真言(比べるものがないほどすごいんだ!)

  ※人は言葉によって喜び、言葉によって自殺に追いやられる。
    言葉の効能・・・・「痛いの痛いのとんでいけ!」

  能除一切苦 真実不虚 (般若波羅蜜多は)
     一切の苦を取り除いてくれる。それはまさに真実なんです。

<現代語訳>
    だからよく理解しておきなさい。「般若波羅蜜多」はすごい言葉なんです。
    悟りに至るためのすごい言葉なんです。しかも最高の言葉で、
    他に比べるものがないほどのすばらしい言葉なんです。
    それはすべての苦しみを取り除いてくれる真実無比のものなのです。

  故説 般若波羅蜜多咒 即説咒曰 
  羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶
   (秘密真言分)

<書き下し文>
     故に般若波羅蜜多の咒を説く。即ち咒を説いて曰く。

    ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディースバーハー
    ( 羯諦  羯諦  波羅羯諦   波羅僧羯諦    菩提娑婆訶 )

  往ける者よ 往ける者よ 彼岸に往ける者よ 彼岸に全たき往ける者よ
  悟りあれ、幸あれ。
      「往ける者」・・・・・観自在菩薩、三世の諸仏、舎利子 → わたしたち

  ■これがスタート
    般若心経を唱え、実践し、さあみんなで、苦を乗り越えていこう・・・・

                      このページのトップに戻る

仏事(中陰、位牌、仏壇、納骨など)について
開経偈
仏説摩訶般若波羅
観自在菩薩
舎利子色不異空
舎利子是諸法空相
不生不滅
是故空中 
無無明亦無無明尽 
無苦集滅道 
菩提薩埵依 


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