トップページへ      寄り道講話   和歌山県紀の川市北涌
TOP

田舎坊主のページへ 寺の歴史 所在地マップ お知らせ
数珠作り 御弥津 お写経 心経講話
よりみち講話
                       あの世の話
                                 土寺小屋 2016年7月23日
 断末魔に見る天国の花<マンダラゲ>
   ・安楽浄土への誘い
 三途の川
   ・船または橋、浅瀬、荒瀬、(3つの方法)
   ・六日かけて渡ります(六文銭)
 初七日:秦広王
   ・脱衣婆(着物を脱がせる)
   ・懸衣翁(生前の罪の重さ。小さな動物の殺生は?)
 二七日:初江王
   ・金儲けはほどほどか?
 三七日:宋帝王
   ・邪淫はなかったか?
 四七日:五官王
   ・悪行を測る秤で計測
 五七日:閻魔王
   ・浄波離の鏡(生前に姿を映し出す。布施の量)
   ・嘘をつくと舌を抜かれる
 六七日:変成王
   ・閻魔さんの報告書を見て再審
 七七日:泰山王
   ・最終判決言い渡し
   ・地獄 餓鬼 畜生 修羅 人 天(6道の決定)

※お釈迦様の弟子モッガラーナ(目連)の母親が餓鬼道に落ちたのを救う教えとして はじまったのが「施餓鬼供養」を含むお盆のはじまりです。



でたらめな生き方のすすめ

 「でたらめ」と言えば、「でたらめな話」や「でたらめなことを言う」など
 「いいかげんな」とか「言うたびに違う」など
 中途半端で徹底されていないようなときに使われます。
 本来はサイコロをふったとき「出た目に従う」のが「でたらめ」の意味です。

■サイコロ
「天一 地六 東五 西二 南三 北四」と数字が割り振られていて、
対面の数字を足すと「7」になる。
1962年に和歌山県の業者が天一を赤く塗ったことから一が赤くなったとされている説も。
(中国と韓国は一と四が赤色)

■サイコロの意味
  ・サイコロは宇宙と調和を表していると考えられます。
  ・「宇宙」は大日如来的
  ・「調和」はキリスト的

■でたらめ<出鱈目>
  ・「でたらめ」こそ「神や仏の意思」とそのままに受け取る
  ・「でたらめ」人智の及ばない仏の智恵

■困ったときはサイコロでデタラメに任せる
  <人生の選択>
    人生の迷い、納得できる回答を得られない、困難にぶつかったとき・・・・。
  <坊主が聞かれること>
    仏壇の向き、位牌の場所、石碑のかたち、納骨で骨壺を割るかどうか、
    傘餅を切るかどうか・・・・・。

※同様の意味として「ええかげんな生き方」などがあります。



高野山開創とお骨登りの関係

■入唐
空海30歳の時、20年間の予定で遣唐使の留学生として唐(中国)に渡ります。
恵果和尚を師僧として密教を学び、わずか2年ですべての法を授かるのです。
<遍照金剛>という名を授かります。
(遍く照らす最上の者という意味で、大日如来を表すのです。)
多くの法具や衣などを授かり、明州から帰国の途につくとき、三鈷鉦を海に向かって放り投げます。
それが、高野山に落ちたとされ、その場所に生えた松が「三鈷の松」とよばれ葉が3本あるのです。

■高野山に登る
帰国後10年、嵯峨天皇から高野山を賜り、天野大社から神領、高野山を授かり、
今から1200年前に開創されたのです。
その天野大社の祭神の一つである狩場明神が2頭の白黒の犬となって、
空海を高野山に案内するのです。
空海も多くの信者にお接待を受けながら高野山に登ったことでしょう。

■納骨(骨のぼり)との関係
お茶湯(紀の川市の旧麻生津には茶湯観音があります)
  これはお接待の基本であり、新仏へのお茶湯も往生を願う庶民の習慣として残っています。
弁当・おにぎり
  空海を案内した2頭の犬のえさとしておにぎりを持っていって置いて行ったのです。
  今では野犬が増えるため行われていませんが、最近までこの風習はありました。

歌舞伎役者の辞世の句

◆市川團十郎さん辞世の句
    『色は空 空は色との 時なき世へ』

  海老蔵さんによりますと、團十郎さんのPCの中にあった句で、
  海老蔵さんは、

   「いろはそら そらはいろとの ときなきよへ」
  と読み上げられました。

 ※私が思うには多分、團十郎さんは
     「しきはくう くうはしきとの ときなきよへ」だったと思われます。
  少なくとも般若心経の内容から詠んだものと思うからです。

◆八代目市川団蔵
   『父母の 五十回忌を済ませし後は 無縁の人を弔いにけり』

初代市川團十郎の弟子がはじめて名乗り、団十郎門中、最も重い名前として尊ばれてきた。
80年とおして多くを脇役と老け役としてなくてはならない役者だった。
もともと病弱だったが休演したのはたった三日だけだったそうだ。

親の五十回忌を済ませた後、83歳になって『立派に團蔵の名跡を勤めてきたが疲れ果てた。
これまで生きのびてきたのもお大師さんや世話してくださった人たちのおかげ。
ただただ霊をなぐさめたい。巡礼途中、仏のもとへいくことになってもお大師さんと二人。
なんの悔いることもない』と遍路に出る。

四国を巡った後、小豆島に渡り「たちばな荘」に一晩の宿を請い、しかし三泊して宿を経つときに郵便局から東京に小包を送っている。この中に例の辞世の句があったのだ。
小豆島から神戸に向かう関西汽船から身を投げた。
 最後の宿になった小豆島「たちばな荘」には、「八代市川団蔵之碑」が残されている。

生きるとはどういうことなのか
                 ―大災害から学ぶ仏の知恵―
2011/03/21 田舎坊主

■大災害の歴史

私が1951年に生を受けてから、今年(2011年)60歳の還暦になるまで、日本は幾多の自然災害に見舞われてきました。
私が記憶しているものだけでも、次のようなものがあります。
1983年、日本海中部地震(秋田,青森)、1990年、雲仙岳噴火(長崎)、1993年、北海道南西沖地震(北海道)、1995年、阪神・淡路大震災(兵庫)、2008年、岩手・宮城内陸地震(東北)。
そして今年(2011年)3月11日に東北関東大震災が発生しました。
テレビで見るだけでも、身震いのするほど恐ろしい光景が映し出されていました。とりわけ巨大津波により車が流され、家が流され、大木がなぎ倒され、田畑をのみ込みました。まるで映画の「日本沈没」や「デイ・アフター・ツモロー」と重なり、単なる映像としてみている自分が、「あの車には人が乗っている、あの家には人が生活している」・・・と、ふと現実に戻れば、未だ経験したことのない大災害が目の前で起こっていたのです。

■人の一生

人は生まれ、親の愛情を受け育ちます。這えば立て、立てば歩めと可愛がられ、保育所・小学校に上がります。入学すれば先生から多くの知力、体力を授けられ、中学校、高等学校に進学します。そしていよいよ社会人として生きていくため未来を見通して大学を選び、ひたすら勉学に努めるのです。学を修め、就職活動の末、大学卒業とともに自ら希望する職種を選び、生活を支える職業に就いていきます。
着るものは学生服からスーツへと変わり、休日にはおしゃれな洋服や持ち物を身につけ、自家用車を手にする人も多くなります。やがて結婚し家庭を持ち、子どもにも恵まれ、ローンで新築のマイホームを手に入れる人もいるでしょう。
働き盛りを過ぎ子どもも自立すれば、孫と遊ぶことを何よりの楽しみとするようになります。その孫も成長すれば、老夫婦は終の棲家を考え始めるのです。
人は人生にどれだけの努力をするのでしょう。それは何かを得るためではないのでしょうか?
職業であったり、家庭であったり、マイホームであったり、愛する人であったり、身を飾るものであったり・・・。そしてそれを「しあわせ」と思いながら。

■真のしあわせの気づき

でも、大地震と巨大津波はそれら全てを根こそぎ奪ってしまいました。私たちが努力の成果として得てきたもの全てを、です。助かった人は文字どおり「命からがら着の身着のまま」で、残ったのは命だけという人がほとんどなのです。
しかし、まさに絶望の淵になんとか踏みとどまった人たちの口から出る言葉は「命があっただけで、しあわせです」と。さらに避難所で家族が見つかった時、「生きててよかった。それだけで充分です」という人もいました。たった1杯の温かい飲み物や食べ物が差し入れられれば「本当にありがたいです」と話します。そして「まだ見つからない人も多いなかで、これ以上のことは贅沢です」とも話されるのです。避難所などにいる被災者から聞こえてくるのは「感謝です」「ありがたいです」という言葉であふれているのです。
ある避難所のなかにいた中学1年生くらいの女の子が「今までどれだけしあわせだったか、はじめて気がつきました」と話していたことが、私の脳裏から離れないのです。

■努力の成果

本当の努力の成果は、職業や家庭やマイホームや愛する人や身を飾るものではなく、人がそれら全てを失ってしまった時、どのような心を持ち、どのような行動をおこし、どのように生きていくのか、その強さを鍛えたのかどうかということではないでしょうか。もちろん人生において、今回のような災害や事故がないことに越したことはいうまでもありませんが・・・。

人が生きていくということは、何かを得るために努力と失敗を何度も繰り返しながら、「無」になったときに生きていく心の強さを鍛える練習をしているのではないでしょうか。言い換えれば、私たちの努力で得るべきものはこの「精神的な成果」だけなのだと大災害の現状を見るたび感じるのです。

■仏の知恵<般若心経>

般若心経262文字のなかに「無」「空」「不」という文字が34文字含まれています。
これらの文字は、言わばネガティブで否定的で後ろ向きなものばかりです。決して夢や希望や楽しみというものを表しているとは思えません。

般若心経のはじめに、現代語で訳すると「観自在菩薩は物質も精神も含め、この世の全てのものは『空』であると観て、あらゆる悩みや苦しみを超越されました」と書かれています。さらに「得られるものがないので、すべてのものにこだわりがないのです」とも書かれています。
私たちが「自分のもの」と思っているものを失った時、悲しみや悔しさが生まれます。でも般若心経では「自分のもの」は本来、自分のものでもなく、さらにそれ自体「空」であり「無」であるというのです。そのように観念(心からそう思う)することによって、「苦」を乗り越えられると書かれているのです。
たしかに、今回の災害ですべてを失った被災者からたくさん聞こえてくる「感謝です」「ありがたいです」という言葉や、中学1年生くらいの女の子が「今までどれだけしあわせだったか、はじめて気がつきました」と話していたのは、まさに般若心経の神髄を証明していることであり、仏の知恵を得ているとしか思えません。

般若心経は、単なるお唱えする「お経」だけではなく、学んだうえで「実践するお経」と言えるのかも知れません。人として生きるとき、どんな災難や苦難が私たちを襲うかも知れないのです。そのなかで命を奪われてしまわない限りそれを乗り越えて生きていかなければなりません。その手段を般若心経は教えてくれているのではないでしょうか。
                                        このページのトップに戻る


                   ■不思議な心もち:(2011年2月26日)
 きょうから新しい方が土寺に参加してくれました。このホームページを見ていただいて岩出市から来てくれました。でも風邪ひきなどで欠席者が多かったので、お写経と以下のようなお話になりました。

 3回忌に嫁ぎ先のご両親の墓石を建立された方から手紙を頂きました。
 内容は、お墓を建てられたことがとてもうれしく、ありがたく思ったこと。とても不思議な心もちを経験したこと。亡くなった母に添い寝したときの体の冷たさを思い出し、「今日一日無事に過ごさせてもらってありがとうございました」といつも言えるよう、優しい気持ちで暮らしたいと書かれていました。
 さらに実家の父親の死、出産途中で亡くなっていった子ども、兄、義姉など、愛しい人たちとの別れの時の気持をダブらせながら、拙書「田舎坊主の愛別離苦」を読んだことも書かれていました。

 最近、葬送の方法が変わってきました。墓石を建てないで自然界に散骨をしたり、ペンダントとして身につけるものに加工したりする人も多くなってきました。
 もともと仏壇にせよ墓石にせよ、それはご先祖様の居ます場所、依り代であるとともに、生きている者にとっての心の拠り所でもあります。私自身も仏壇や墓石を整えたときには不思議な安らぎのようなものを感じたことを覚えています。
 私たちは人生において突如として予期せぬ災難や苦労が降りかかってきます。このことは数え切れないほどの世間の出来事が教えてくれています。そんな時、手を合わせ心から祈りを捧げる相手が必要になります。それがご先祖である場合、相手が墓石であろうが自然界であろうが、関係はありません。
 先立っていった愛しい人に「見守っていてね」「助けてあげて」「力を与えて」などと手を合わせるとき、深い魂のつながりを感じずにはいられません。
 最近、形式や祀り方を事細かに押しつける人がいるのも事実です。しかし宗教者があまりこういうことに固執するのもどうかと思います。ましてや般若心経の説いている「空」や「無」を理解しているのならばなおさらのことだと思います。
 
 先の手紙の「不思議な心もち」の具体的な内容は知るよしもありませんが、もつれていた心の糸が静かにほぐれ、心に穏やかな安らぎを感じたのではないかと、私は勝手に推察しています。

                                        このページのトップに戻る


                         ■お盆
   <正式名称>盂蘭盆会(うらぼんえ)
           ・サンスクリット語・・・・ウラバーナ
           ・7月15日(関東)
           ・8月15日(関西)
  ●施餓鬼会:
      餓鬼道に落ちた有縁無縁の亡者のため供養する法会。
  ●目連:
    <本名>モッガラーナ・・・・餓鬼道に落ちた母を救うため、その方法を
          釈尊に 聞き、安居が明ける7月15日に供養することをすす
          められたこと がお盆の起源となった。
          母が餓鬼道に落ちた理由は他を愛すること がなかった。
    ・釈尊の十大弟子の1人
    ・神通力第一とよばれた賢人
  ●六道:
    人間の行為によって赴(おもむ)き生まれる六種の世界。
     ・地獄
     ・餓鬼 三悪道
     ・畜生
     ・修羅
     ・人間 三善道
     ・天上
  ●安居(あんご):
     ・雨安居または夏安居ともいう。
     ・インドにおいて仏教僧侶は4月15日から7月15日の雨期のあいだ外
      出を禁じられ、合同で室内で修行すること。

  ★お盆や施餓鬼は、仏祭りやご先祖供養のみならず、
    人としてのありようを学ぶ大切なセレモニーでもあります。
                                        このページのトップに戻る


                    ■ においの文化
 1.世界のにおい
     ・中国のにおい・・・・・・・・ごま油
     ・シルクロード・・・・・・・・羊油(せん)
     ・モンゴル・・・・・・・・・・・・ヨーグルト、羊乳
     ・インド・・・・・・・・・・・・・・牛のうんこ、線香
     ・韓国・・・・・・・・・・・・・・・・にんにく
 2.日本のにおい
     ①味噌汁
     ②醤油
 3.においの本質
     ・におい→臭い
     ・くさい→臭い
 4.発酵文化
     ①世界で一番涙の出る食べ物
        「ホンオ・フェ」(ホンオ→エイ、フェ→刺身)
      ・エイを瓶に入れ10日ほど発酵させたもの(強烈なシッコのにおい)
       結婚式などめでたいときに出される。
       慣れない人には涙が出るほど、臭くて目にしむ。
       韓国「ホンオ料理を口に入れて深呼吸すれば、
       100人中98人は気絶寸前。二人は死亡寸前。」
       という言葉があるくらい。
     ②世界で一番臭い食べ物 「シュールストレンミング」
      ・スエーデンの食べ物で、ニシンを乳酸菌で発酵させたもの
      ・アンモニア系のにおいで、アラバスターという機会で臭さを計ると
         納豆→407、くさや→477、僕の靴下→139
        シュールストレンミング→8094
     ③発酵、糀(こうじ)、納豆菌、などは微生物のおしっこのにおい
      ・味噌、醤油、納豆、チーズ、酒、ぬか床、鰹節
 5.においが心を癒す
      ・アロマテラピーの起源は、インドの「アーユルベーダ」という治療法。
      ・1万種類の薬草を利用。
      ・菖蒲湯、よもぎ湯、四国や高野山を包むフィトンチッド。
      ・中国から白檀、麝香を酒に入れた。日本では線香
 
 ■屁の話し
  おならの「ピー」音から「屁」という字が当てられた。
  日本人は玄米、麦、芋類を多食するため、世界一屁をよくこく。→放屁族

  江戸時代には「曲屁師」が寺や神社の見せ物小屋などで披露していた。
  最も有名な曲屁師は「昔語り花咲男」
  「江戸の見せ物」
    この男、中肉中背色白で、はなだ色のひとえに緋縮緬の襦袢を着て、
    演じる曲屁は、囃子にあわせ先ずはめでたく三番叟。トッパヒョロヒョロ、
    ピッピッピ、東天紅をブブ、ブーブー、そのあと水車がブーブーブーと
    回転しながらものすごく。
  「芸人とその世界」永六輔著
 屁というのはにおいがするようではいけません。素人は肛門のひだを振るわせてならしますが、ひだでは音程が出ないのです。高い音、低い音と吹き分けるのは直腸そのものの収縮がものをいうのです。大腿においにしてもそうですが、食い物を屁の原料のようにいうのは間違っています。
 食い物で出る屁は芸ではありません。吸い込んだ空気を肺ではなく、胃袋に収める、この訓練で、苦労をするのです。私の場合、どんな注文にも10秒以内で応じられるのは、空気ならいつでもどこでもあるからなのです。そして、一度吸い込んだ空気の固まりを60発から70発にちぎって出せなければ一人前とは言えませんね。
 逆にこれを細かく長く切らないで出せというなら30秒は続けて鳴らなければなりません。そして一瞬にしてぶっ放すことも練習します。こうなるとブートかピーとかではありません。バリバリッ、と近所に雷が落ちたと思えるようにやります。
 初めのうちは、切れ痔になって困りました。そして30歳止まりですね。30を過ぎてこれをやると、どうしてもパンツを汚します。パンツを汚すようでは芸とは言えません。

                                        このページのトップに戻る



                ■平成21年4月16日(土)は正御影供です。


  正御影供とは・・・・弘法大師入定の旧暦3月21日のこと(ご命日)
 ・偉人の死
   天皇・・・・・・・・崩御
   お釈迦さま・・・・入滅
   高僧、聖者・・・・・・・遷化、入寂
   偉人、高貴・・・・逝去
   わたし・・・・・・・死んだ

 弘法大師は・・・・・・・・入定
   ・本来、入定は宗教的な瞑想に入ること。
   ・弘法大師は「百歳に及ぶまでこの世に住して、教法を守らん」

 ・御遺告
   減食、断食を通して永遠に生き続けるという「一大奇蹟」をおこして、
   後世の 弟子や信徒たちを悉く救済しようと願いを立てられた。
                   ↓
                 「捨身誓願」
 ※もともと七歳の時、五岳山(捨身ヶ岳)に登り、自分が将来人々を救済できるような器でないならばこの命を召し給えと、断崖より身を投げ、仏の証しを求められた物語がある。

●ご入定(奥の院)
  天長9年11月12日に穀味を断ち、翌3月21日入定。
●大師信仰
 お大師様は今も日夜私たちを守り、救ってくださっているというのが、
 純粋な大師信仰と言える。
  ・四国八十八ヶ所でも同行二人を信じているし、
   お大師さんが背中を押してくれていると思える。
  ・今も奥の院のお大師様に食事が出されている。
  ・お大師様は全国に出向いているため、御衣はすりへっている。(御衣替)
 ※即身成仏を自ら実践されたとも言える。
                                        このページのトップに戻る



          ■生まれ年の守り本尊
真言宗
■唱えるだけで少なくとも心のお守りになる、というものです。

--------------------------------------------------------------------------------
子(ね)年生まれの守り本尊
【千手観音菩薩】
1000本の手をもち、おのおのの手に目を持つとされる。観音の慈悲の働きの自在さを表す。

ご真言:おん ばざらたらま きりく
--------------------------------------------------------------------------------
丑(うし)年・寅(とら)年生まれの守り本尊
【虚空蔵菩薩】
知恵・慈悲がこの上なく広大であるとされる。▽虚空(大空)を蔵クラとしているの意。密教では、「如意金剛ニョイコンゴウ」「無尽金剛」ともいう。

ご真言:のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃまりぼり そわか
--------------------------------------------------------------------------------
卯(う)年生まれの守り本尊
【文殊菩薩】
釈迦シャカの左にいて、知恵をつかさどる菩薩。▽「文殊」・・・ 梵語の音訳「文殊師利」の略。

ご真言:おん あらはしゃのう
--------------------------------------------------------------------------------
辰(たつ)年・巳(み)年生まれの守り本尊
【普賢菩薩】
白象に乗り釈迦シャカの右にいて、理知と慈悲をもってこの世のすべての生物を救うという菩薩。

ご真言:おん さんまやさとばん
午(うま)年生まれの守り本尊
【勢至菩薩】
阿弥陀アミダ三尊の一つ。観世音の大悲の力を得て、衆生シュジョウを三悪道から離れさせるという。

ご真言:おん さんざんざんさく そわか
--------------------------------------------------------------------------------
未(ひつじ)年・申(さる)年生まれの守り本尊
【大日如来】
密教、特に真言宗の本尊。理知の本体とされる。▽梵語ボンゴ「摩訶毘廬遮那マカビルシャナ」の訳で、永遠にすべてのものを明らかに照らす仏の意。

ご真言:おん ばざらだとばん
--------------------------------------------------------------------------------
酉(とり)年生まれの守り本尊
【不動明王】
五大明王の一。大日如来ダイニチニョライの命令によって、悪魔や煩悩ボンノウを滅ぼすためにあらわれた明王。その像は、怒りの相をし大火炎の中にすわり剣となわを持っている。

ご真言:のうまくさんまんだばざらだん かん
--------------------------------------------------------------------------------
戌(いぬ)年・亥(い)年生まれの守り本尊
【阿弥陀如来】
西方極楽浄土に住み、一切の人々を救うという誓いを立てている仏。これを念じ、その名を唱えれば極楽浄土に生まれるという。浄土宗・浄土真宗の本尊。「弥陀ミダ」「阿弥陀仏」とも言う。

ご真言:おん あみりた ていせいから うん
                                        このページのトップに戻る
--------------------------------------------------------------------------------
般若心経に救われた私
                   金沢 曹洞宗雲龍寺住職
                       荒崎良徳

 ○般若心経に出会う……

 昭和五十八年、私はとても大きな苦しみに出会いました。その具体的な内容は、長くなりますので申し上げることを控えさせていただきますが、とにかく、食欲は全く無くなり、睡眠もできず、ただ横になって呻(うめ)いているだけという状態でした。そして、思うことは「どうすれば楽に命を断つことができるだろうか」という情けなくも惨めなことばかりでした。
 しかし、臆病者の私は死ぬこともできず、何とかして苦しみから逃れたいともがき、観音さまに祈り続けました。毎日早朝、まだ暗いうちに観音さまの前に坐り、懸命に『大般若経理趣分』と『般若心経』を繰り返し唱えました。そして次第に唱えるだけではなく、『般若心経』の意味をほんとうに理解したいと願うようになり、さまざまな先生方のご本を読み漁りました。
 数多くの本の中で、私に最も大きな力を与えて下さり、立ち上がる元気を蘇らせて下さったのは、故・林屋友次郎先生が昭和十一年に出版された『般若心経講義(三省堂発行)』の中の「般片心経の逐句(ちくく)的解釈」でした。
 私は十二歳の時に得度して、以後、毎日のように「般若心経」を唱えさせられましたが、意味も解らず、また、知ろうともせず、師父に命じられるままに、ただ口先で唱えるだけの『般若心経』でした。
 ところが、五十歳を過ぎて、自殺を考えるほど大きな苦しみに出会った私は、その苦しみから逃れるために読んだ林屋友次郎先生の『般若心経の逐句的解釈』に見事に救われただけではなく、今まで思ってもみなかった、広くて豊かな仏さまの世界に触れることさえできました。             ’
 今、私は毎日『法華経』の写経をしながら、悠々とした心境で暮らしていますが、それも全て、あの苦しみの中で『般若心経』に出会えたことのお陰だと信じて手を
合わせています。そして、今、苦しみ悩んでいる方がいらっしゃったならば、是非、『般若心経』に手を引かれて、その苦悩を克服されるよう、私自身の体験を通して、心から願っております。

 ○観自在菩薩に導かれる……

『般若心経』の第一節です。
(第一句) (第二句)     (第三句) (第四句)
観自在菩薩 行深般若波羅密多時。照見五蘊皆空 度一切苦厄

 観自在菩薩は、深く般若波羅蜜多を行じられた時。五蘊は皆空であると照見されて、一切の苦厄をお度いになられた。

 漢文の原文では、たった二十五文字しかない第一節ですが、私は、この第一節に救われ、ここに示された教えの通り実践して元気を取り戻すことができました。ある意味では、この第一節こそが『般若心経』の真髄であり、また、全てだと思っています。
 苦しみのど真ん中で喘いでいた私は、この第一節の第四句にとびつきました。
 「度一切苦厄(一切の苦厄から度われる!)」とは、当時の私にとって、喉から手が出るほど欲しい一句でした。仏さまの説かれたお経には決して嘘偽りは無いはずです。そのお経が「度われる!」と、宣言しているのですから、それこそ、暗闇で灯火に会い、病気に良薬を得た思いでした。
 では、どうすれば「度われるのか」、その答えは、第三句に明快に示されてありました。
 「照見五蘊皆空(五蘊は皆空であると照見することにより)」です。
 五蘊とは、色・受・想・行・識の五つの集まりです。
 色とは、森羅万象この世に存在するあらゆるものであり、受・想・行・識とは、その森羅万象に対する私たち人間の心の働きを指します。それらが総て「空」であることをしっかり見届ければ(照見すれば)、一切の苦厄から度われるというわけです。
 ここで問題となるのは、「空」ということの意味です。
 『大般若経六百巻』という長大な経典は、この「空」を説いた経典です。簡単に理解することは至難の経典です。また、「空」を巡って、昔からさまざまな学者や学僧がいろいろな意見を提出しています。読めば読むほど解らなくなってきます。
 ところが、「空」の哲学的な解釈は、なかなか理解できなくても、「空」の具体的な心のはたらきは、案外、簡単に得ることができます。お亡くなりになった奈良・
薬師寺の高田好胤和上が遺された名言がそれです。
 和上は、「空とは、こだわらない心、とらわれない心、かたよらない心、広い広い心」と、実に明快に示して下さいました。つまり、五薇を通して感受された一つ一つの現象に、こだわることなく、とらわれることなく、かたよることなく、自由自在の広い心で接してゆけば、一切の苦厄から度われる、ということになります。

 では、どうすれば「空」即ち「こだわらない心、とらわれない心、かたよらない心、広い広い心」を持つことができるのか、『般若心経』は第二句でその方法を示してくれます。
 「行深般若波羅蜜多時(深く般若波羅蜜多を行じたとき)」です。
 般若波羅蜜多とは、布施波羅蜜多・持戒波羅蜜多・忍辱波羅蜜多・精進波羅蜜多・禅定波羅蜜多・般若波羅蜜多の六つの波羅蜜多を象徴した波羅蜜多です。そして、波羅蜜多とは、一般に「到彼岸」と称されていますが、私は「真実の幸福を得るための手段」と解します。
 つまり、六つの波羅蜜多を真剣に実践し続けておれば、自ずから「総ては空である」ことを見極めることができ、「こだわらない心・とらわれない心・かたよらない心・広い広い心」を得たならば、究極には「一切の苦厄から度われる」と『般若心経』は示してくれるのです。
 そして、この過程を実践された代表的なお方として、
 『般若心経』は、「観自在菩薩」を冒頭に紹介し、その足跡を辿れば、苦厄から度われると導いてくれるのです。念のために申し添えますが、「菩薩」とは、大乗仏教のシンボルであり、出家であろうが在家であろうが、とにかく、六波羅蜜多の実践を通して真実の幸福を目指す人たちのことです。

 ○布施波羅蜜多の救い……

 六波羅蜜多の理念的象徴は般若波羅蜜多ですが、実践的象徴は布施波羅蜜多だと思います。私は観自在菩薩の足跡を辿るために、まず布施波羅蜜多の実践を決意しました。
 私は僧のはしくれです。従って、施すべきものは「法施(仏さまの教えを皆に伝えること)」しかありません。そこで各宗派の有志を募って「金沢南無の会」を結成し、月一回の辻説法をすることにしました。当時、東京で行われていた「南無の会の辻説法」を見習ったわけです。
 苦しみのど真ん中にあった昭和五十八年に発足し、以後、十五年間、百八十回に及ぶ辻説法を行いましたが、聴衆や講師たちの中で、最も勉強させていただいたのは、この私だと自負しています。
 まず第一に、講師として説法をして下さった各宗派のお坊さんたちから、どれほど多くのことを学ばせてもらったか分かりません。
 天台宗の方からは、比叡山の修行の意義と厳しさを学び、浄土宗の方からは宗祖法然上人に寄せる熱い心を聞き、浄土真宗の方からは南無阿弥陀仏というお念仏は深い懺悔の中からほとばしり出る感謝の声であることを教えて戴き、仏教という世界の広さと深さに、改めて目を開くことができました。
 それまでは、自分の属する曹洞宗の教えにこだわり、他の宗派の教えには見向きもしなかった私ですが、心をこめて熱く語られるそれぞれの宗派のお坊さんの説法を聞くことによって、無限の広さの中の曹洞宗として、改めて手を合わせることができるようになりました。それは、いわば「こだわり・かたより・とらわれ」から解放された、自在の心のはたらきを幾分なりとも戴けたことであり、喉から手が出るほど欲しかった「空」を暗示させ、私なりの「度一切苦厄」に、一歩近づくことのできた、嬉しい出来事でした。
 更に、聴衆から寄せられた、鋭く厳しい質問によって、自分自身の在り方を問い詰めることもでき、それまで思ってもみなかった新しい世界へ踏み込むこともできました。詳しく説明することは省きますが、それらの質問のお陰で、改めて『正法眼蔵・道心の巻』を学び、また、『法華経』写経への道をたどることもできました。今は、毎日行っている『法華経』写経の中で、無限に広がる仏の世界に身を委ね、自殺まで考えていた過去の苦しみを、遠い夢の中の出来事のように、一種、懐かしくさえ想っています。

 ○般若心経の功徳……

 以上のように『般若心経』は、苦しみを克服する力をしっかりと与えてくれる素晴らしい経典です。それも、いわゆる呪術的・神秘的な力ではなく、観自在菩薩の足跡を辿って実践に励めば、誰にでも与えられる力です。
 そして、今一つ、『般若心経』は大乗仏教の真髄を示してくれる素晴らしいテキストに違いないと受け取ります。
 中ほどに次から次へと「無」が出てきて、一見、お釈迦さまが最初にお説きになった十二因縁法や四聖諦を否定しているかのように見えますが、これは決して否定ではなく、それらを尊重しながらも、それらにこだわったり、とらわれたりすることなく、ひたすらに「般若波羅蜜多」に象徴される大乗仏教の実践項目「六波羅蜜多」に励むことの大切さを、端的に示しているのだと受け取ります。
 その証拠に『般若心経』は、大乗仏教のシンボルである菩薩たちは「般若波羅蜜多」に依って「心の?擬が無くなり、恐怖も無く、総ての顛倒夢想から離れ、涅槃の境地に達した」と示し、また、三世の諸仏たちは「般若波羅蜜多」に依って「阿耨多羅三貌三菩提(最高の悟り)を得られた」と示しています。
 ともあれ、『般若心経』はいろんな意味で、私たちを真実の幸福へ誘ってくれる素晴らしい経典であると信じます。唱えてもよし、意味を辿ってもよし、写経してもよし、あらゆる各度から『般若心経』の功徳を頂戴していただきたいと、切に願います。
                                        このページのトップに戻る


                 法句経(ほっくきょう)から学ぶ

「ダンマパダ」と呼ばれ、お釈迦さまの弟子たちがその言動をもとに、その記憶を語り伝え、その後成文化された「詩経」とも言えるもので、423編からできていてお釈迦さまの言葉に一番近いものといわれています。

<無所得について> 持たないこと、求めないこと、得られないこと。
■愚闇品62
「我に子らあり、我に財(たから)あり」と愚かなる者は心なやむ。されど我はすでに我のものにあらず、何ぞ子らあらん、何ぞ財あらん。

 肉体→父と母にいただいたもの。成長したのは他の命を食べ物としていただいたもの。
 考え→いただいた肉体を以て、現在まで周りの学習によって養われたもの。

人間は命を削りながら身につけるもの、地位、財産、そのほか外側のものばかり変えていく。大切なものは持ち物ではなく「持ち主」。
 どうせ全て手放していかなければならないのです。

■安寧品200

わが物というものなくとも、心楽しく住まんかな。光音とよぶ天人の如くよろこびを糧とするものとならんかな。

 光音とよぶ天人の如く→
 太陽や音楽のように、すべてのものを育て育み、何の見返りも求めず、よろこびを与える完成された人のように。
  
 「本来無一物」「無一物無尽蔵」
 空海「菩薩の用心は、みな慈悲を以て本となし、利他を以て先となす」
  (他人の利益を先に考える)
   「あの人がいてくれてただけで温かい」と思われる生き方は、どうでしょう・・・・

羅漢品92
ものたくわえず 食むさぼらず こころ空しく また相(すがた)なく 解き放たれしさとりの人は 飛ぶ鳥のごと 跡をしられず

  (人の心の底をぬく)盤珪禅師
  「古桶の底抜け果てて三界に 一円相の輪もあればこそ」
    人の心も古桶のように底があるから恩愛憎悪のカビや埃がたまる。底をぬいた桶に残るのは、丸い     「タガ」だけのように、人の心もその底をぬけば丸い丸い心が残るだろう。

  中村久子さん(だるま娘)の詩
  「さわやかな朝 歯を磨く 顔を洗う 短いけれど指のない丸い強い手が何でもしてくれる 
   きれはしに   骨のない やわらかい腕もある。何でもしてくれる 短い手もある。
   ある ある ある みんなある さわやかな朝」
       何もなくても、幸せを感じることができる・・・。そんな人間になりたい。

■世俗品170
わが身を泡沫(うたかた)の如く 陽炎(かげろう)のごとしと うなずくものは 愛欲の魔の放った花の矢を打ち落とし 死王の力の及ばざる領域(くに)に至らん

  泡沫・陽炎・・・・・実体があるようでないもの(無常観。釈迦の世界観・人生観)

                                        このページのトップに戻る
■華品49
 花の色香をそこなわず ただ蜜をのみ こいうけて かの蜜蜂の去る如く
 覚者は村を 歩めかし
(目・鼻・舌)
2500年前、お釈迦さまは三衣一鉢でインド国内を法を説いて歩き回りました。農家の人は土を耕し、肥料をやり、細々と食料を自給している。お釈迦さまは村人から必要最小限の施しを得て、人々に心の肥料や種をまきながら歩まれた。
 その姿は、まさに蜜蜂が花の色も香りも花びらも、何もかもそこなうことなく、しかも、花粉を媒介することによって、花もまた次の命を与えられ、その花や実に多くの喜びを与えられる。

■述千品113
 よしや百年(ももとせ)生くるとも 生滅を観ず生くる人より
 一日(ひとひ)なりとて生けらむに 生滅観しは勝りたるかな
  (身体・命)
 パターチャーラー尼は身分の低い下男と結婚した。やがて一人の子どもができ、ふたり目の子どもを産もうとして、里帰りを許してもらった。
 帰る途中、大雨になり、夫は雨宿りの場所を探しに行って毒蛇に噛まれて死んでしまった。やがて妻は陣痛が起きて子どもを出産するが、上の子どもをその場において、生まれたての子どもを抱いて夫を探しに行く。
 しかし、いつもなら渡れる川が雨期のため水かさが増し、赤子をささげて渡らねばならない。そこに一羽の鷹が飛んできて、その赤ん坊をエサと思って、鋭い爪でさらっていってしまった。
 パターチャーラーは「おーい、赤ちゃん、赤ちゃん」と大声で叫ぶが、その叫び声が、一人で待たせている上の子どもには、自分を呼んでいるように聞こえ、母のいる川の中に入っていって、この子も流されてしまうのです。
(対機説法)
この時、お釈迦さまは「パターチャーラーよ、期せずして夫と二人の愛しい子を亡くした悲しみは何ものにも比べられないだろう。しかし、よく聞くんだよ。今まで苦しみに触れし人、悲しみに会いし人が流せし涙に比ぶれば、四海の水も合わせても足りないくらいなのだよ。あなたは今、物質的存在としての命に限りあることを知り、命あるものはやがて滅することを知ったのです。この五蘊の生滅を悟らずして百年生きるより、これを悟って一日、いや一刹那を生きる方が勝っているんだよ。」

■不放逸品21

 不放逸は不死への道なり 放逸は死への道なり
 不放逸に死はなく 放逸は死するに等し
 
放逸・・・・・煩悩に思うがままに従う心(怠惰、散漫、わがまま)

  「不放逸の心」坂村真民
    二度とない人生だから
    一輪の花にも無限の愛をそそいでいこう
    一羽の鳥の声にも無心の耳を傾けていこう
    二度とない人生だから
    一匹のコオロギでも踏み殺さないように心していこう
    どんなにか喜ぶことだろう
    二度とない人生だから
    まず一番身近なものたちに、できるだけのことをしよう
    貧しいけれど心豊かに接していこう
    二度とない人生だから
    昇る日、沈む日、丸い月、欠けてゆく月
    四季それぞれの星々の光に触れて、わが心を洗い清めていこう

■述仏品188
 怖れにおののく人は多くのものに帰依する。 あるいは山に、森に。
 あるいは園林、樹木、制多にと。
  ※制多 → 祗陀太子(アッギダッタ司祭官)・・・・「祇園精舎」の司祭

 コーサラ国のアッギダッタ司祭官は、1万人の弟子たちに「山に帰依しなさい。森に帰依しなさい。樹木に帰依しなさい。そうすれば一切の苦しみから放たれるのです」と教えていた。
ある日、釈尊は弟子の目連に「アッギダッタ司祭官は多くの人々に誤った道を説いているから、それを正しく導いてきなさい」と言う。
 目連は修行者としてアッギダッタの家で一日の宿を求めるが、泊めてくれたのは、裏の山。しかしそこには竜王が住んでいるから何が起こっても知らないという。
 その夜、竜王が火を吹いて目連を焼き殺そうとするが、「火界三昧」に入って、反対に竜王をやっつけてしまった。
 そのとき、釈尊は、アッギダッタに「これらのものに帰依しても苦しみから解放されない。仏法に帰依してこそすべての輪廻の苦しみから解放されるのです」と説いた。

 【釈尊最後の説法】  「自灯明 法灯明」
『アーナンダよ、汝はここに自らを灯火(ともしび)とし、自らを拠り所として他を拠り所とせず、
法(おしえ)を灯火とし、法を拠り所として他を拠り所とせず生きよ』

 諸々の悪をなさず 諸々の善を行い おのれの心を浄くす これ諸仏の教えなり

【七仏通誡偈】
   アーナンダが「過去七仏の布薩とは何か」と釈迦にたずねたときに説いた。
     諸悪莫作(しょあくまくさ) ― もろもろの悪を作すことなく
     衆善奉行(しゅうぜんぶぎょう) ― もろもろの善を行い
     自浄其意(じじょうごい) ― 自ら其の意(こころ)を浄くす
     是諸仏教(ぜしょぶつきょう) ― 是がもろもろの仏の教えなり

白楽天  「釈尊の教えとは?」
道林禅師 「悪をなさず善を行い心をきよくする、これじゃ」
白楽天  「そんなことは三歳の子どもでも知ってる」
道林禅師 「しかし80歳の老人でも実行は難しいことだ」

■悪行品 122
 「その報い よも我には来らざるべし」かく思いて善きことを軽んずなかれ。
  水のしたたり したたりて かめを満たすがごとく 心ある人は善を満たすなり

 サーワッティー村の住人がお釈迦さまを招いて供養することになった。
 住人のうちの一人が、布施するのはみんなでするのがよいと聞かされていたので、村中にお米や豆など、材料を集めに回った。
 ある長者の家先に来たとき、「この男は自分でするのがいやなものだから、みんなのところを回っている」と、二つまみの米と三粒の豆を差し出した。これをみんなの施しものとは別にして持ち帰った。
 不思議に思った長者は下男に後をつけさせ、自分の悪口を言えば殺すように命じたのだ。
 やがて持ち帰った施しもので、それぞれ粥やお菓子にするように分けた。そして別に持った長者の施しものをそれぞれの材料のなかに分け入れ「長者にも大果がありますように」といい、さらに「それぞれ自分の力に応じて施してくださった人たちみんなに大果報があるように」と心から祈った。
 このことを下男から聞いた長者は、この男の前にひれ伏し、少しでも疑ったことに許しを請うた。
 このとき釈尊は「善業は少ないからといって恥じることではない。賢者は善業を行いつつ口を開けたつぼに水滴のみつるがごとく、善業によって満たされる」と説かれた。

  四正勤(ししょうごん)
    1.悪行は起こらないように防ぐ
    2.すでに起こした悪行は、気づいたその時から断ち切る
    3.起こせそうな善行は、起こるように仕向ける
    4.すでに行われた善行は、大きくなるように育て広げる
松涛弘道さん
  知恵あるものは 知恵をもって
  知恵なきものは 力をもって
  力なきものは 財をもって
  財なきものは 技をもって
  技なきものは 言葉をもって
  言葉なきものは ほほえみをもって
  ほほえみなきものは 祈りをもって

※自分にできることをする。これが大切。
                                        このページのトップに戻る



<五蘊は苦なり> (色受想行識)
  (説明)物質的存在をはじめ、知ったり、感じたり、判断したり、
      意欲をもったりする、我々の精神作用・・・・「苦」

■『老子』12章
「五色は人の目をして盲ならしめ、五音は人の耳をして聾ならしめ、五味は 人の口をして爽ならしむ。馳騁田猟は人の心をして狂を発せしめ、得がた きの貨は人をして行を妨げしむ。
  これをもって聖人は腹のためにして目のためにせず。」
※私たちが手に入れられる情報は、往々にして判断を誤らせるものである。

■「明恵上人伝記」華厳中興の祖 (湯浅町生まれ)
『髪を剃れる頭も其の験(しるし)とするに足らず。法衣を着せる姿も其の甲斐更になし。この心押さえ難きによりて、弥(いよいよ)形をやつして人間を辞し、志を堅くして如来の跡を踏まんことを思う。然るに眼をくじらば聖教を見ざる歎きあり。鼻を切らば即ちすす鼻垂りて聖教を汚さん。手を切らば印を結ばんに煩いあらん。耳を切るといえども聞こえざるべきに非ず。然れども五根の欠けたるに似たり。去れども片輪者にならずば、なおも人の崇敬にばかされて思わざる外に心弱き身なれば出世もしつべし。』

※たとえ髪を剃っていても効験なく、法衣を着ていても効き目がない。私はこんな気持に辛抱しきれなくなって、益々姿を変えて俗世間から離れ、仏道への志を固くして、釈尊のあとを続きたいと思った。しかし、目をつぶしてはお経が読めなくなる。鼻を削いでは鼻水が落ちて経典を汚してしまう。手がなくなれば印を結べない。
 しかし、耳を切り取っても音が聞こえないわけではない。五根の一つを欠いたようにはなるが、片輪者にならなくては、やはり人から受ける尊敬のためにごまかされて、心の弱い男であるから世間的な出世をしてしまうかも知れない。

■華品49
 花の色香をそこなわず ただ蜜をのみ こいうけて かの蜜蜂の去る如く
 覚者は村を 歩めかし
 (目・鼻・舌)
2500年前、お釈迦さまは三衣一鉢でインド国内を法を説いて歩き回りました。農家の人は土を耕し、肥料をやり、細々と食料を自給している。お釈迦さまは村人から必要最小限の施しを得て、人々に心の肥料や種をまきながら歩まれた。
 その姿は、まさに蜜蜂が花の色も香りも花びらも、何もかもそこなうことなく、しかも、花粉を媒介することによって、花もまた次の命を与えられ、その花や実に多くの喜びを与えられる。


■述千品113
 よしや百年(ももとせ)生くるとも 生滅を観ず生くる人より 
 一日(ひとひ)なりとて生けらむに 生滅観しは勝りたるかな
  (身体・命)
 パターチャーラー尼は身分の低い下男と結婚した。やがて一人の子どもができ、ふたり目の子どもを産もうとして、里帰りを許してもらった。
 帰る途中、大雨になり、夫は雨宿りの場所を探しに行って毒蛇に噛まれて死んでしまった。やがて妻は陣痛が起きて子どもを出産するが、上の子どもをその場において、生まれたての子どもを抱いて夫を探しに行く。
 しかし、いつもなら渡れる川が雨期のため水かさが増し、赤子をささげて渡らねばならない。そこに一羽の鷹が飛んできて、その赤ん坊をエサと思って、鋭い爪でさらっていってしまった。
 パターチャーラーは「おーい、赤ちゃん、赤ちゃん」と大声で叫ぶが、その叫び声が、一人で待たせている上の子どもには、自分を呼んでいるように聞こえ、母のいる川の中に入っていって、この子も流されてしまうのです。
(対機説法)
この時、お釈迦さまは「パターチャーラーよ、期せずして夫と二人の愛しい子を亡くした悲しみは何ものにも比べられないだろう。しかし、よく聞くんだよ。今まで苦しみに触れし人、悲しみに会いし人が流せし涙に比ぶれば、四海の水も合わせても足りないくらいなのだよ。あなたは今、物質的存在としての命に限りあることを知り、命あるものはやがて滅することを知ったのです。この五蘊の生滅を悟らずして百年生きるより、これを悟って一日、いや一刹那を生きる方が勝っているんだよ。」

                                        このページのトップに戻る
■不放逸品21
 不放逸は不死への道なり 放逸は死への道なり
 不放逸に死はなく 放逸は死するに等し
 
    放逸・・・・・煩悩に思うがままに従う心(怠惰、散漫、わがまま)

  「不放逸の心」坂村真民
  二度とない人生だから
     一輪の花にも無限の愛をそそいでいこう
     一羽の鳥の声にも無心の耳を傾けていこう
  二度とない人生だから
     一匹のコオロギでも踏み殺さないように心していこう
     どんなにか喜ぶことだろう
  二度とない人生だから
     まず一番身近なものたちに、できるだけのことをしよう
     貧しいけれど心豊かに接していこう
  二度とない人生だから
     昇る日、沈む日、丸い月、欠けてゆく月
     四季それぞれの星々の光に触れて、わが心を洗い清めていこう

  「中道の心」
     増上慢→   【中道】  ←劣等感
     自信過剰→ 【中道】  ←卑屈
     自信→     【中道】   ← 謙虚
 お彼岸は自分の心が偏っていないか?、こだわっていないか?、とらわれていないか?
 彼岸の中日は昼と夜の時間が同じ。この偏りのない彼岸に自分の心を見つめてみること。

■述仏品188
 怖れにおののく人は多くのものに帰依する。 あるいは山に、森に。        
 あるいは園林、樹木、制多にと。
  ※制多 → 祗陀太子(アッギダッタ司祭官)・・・・「祇園精舎」の司祭

 コーサラ国のアッギダッタ司祭官は、1万人の弟子たちに「山に帰依しなさい。森に帰依しなさい。樹木に帰依しなさい。そうすれば一切の苦しみから放たれるのです」と教えていた。
ある日、釈尊は弟子の目連に「アッギダッタ司祭官は多くの人々に誤った道を説いているから、それを正しく導いてきなさい」と言う。
 目連は修行者としてアッギダッタの家で一日の宿を求めるが、泊めてくれたのは、裏の山。しかしそこには竜王が住んでいるから何が起こっても知らないという。
 その夜、竜王が火を吹いて目連を焼き殺そうとするが、「火界三昧」に入って、反対に竜王をやっつけてしまった。
 そのとき、釈尊は、アッギダッタに「これらのものに帰依しても苦しみから解放されない。仏法に帰依してこそすべての輪廻の苦しみから解放されるのです」と説いた。
 【釈尊最後の説法】
  「自灯明 法灯明」
『アーナンダよ、汝はここに自らを灯火(ともしび)とし、自らを拠り所として他を拠り所とせず、法(おしえ)を灯火とし、法を拠り所として他を拠り所とせず生きよ』

 諸々の悪をなさず 諸々の善を行い おのれの心を浄くす これ諸仏の教えなり

【七仏通誡偈】
   アーナンダが「過去七仏の布薩とは何か」と釈迦にたずねたときに説いた。
諸悪莫作(しょあくまくさ) ― もろもろの悪を作すことなく
衆善奉行(しゅうぜんぶぎょう) ― もろもろの善を行い
自浄其意(じじょうごい) ― 自ら其の意(こころ)を浄くす
是諸仏教(ぜしょぶつきょう) ― 是がもろもろの仏の教えなり

白楽天「釈尊の教えとは?」
道林禅師「悪をなさず善を行い心をきよくする、これじゃ」
白楽天「そんなことは三歳の子どもでも知ってる」
道林禅師「しかし80歳の老人でも実行は難しいことだ」
                                        このページのトップに戻る

■悪行品 122
 「その報い よも我には来らざるべし」かく思いて善きことを軽んずなかれ。水のしたたり
  したたりて かめを満たすがごとく 心ある人は善を満たすなり

 サーワッティー村の住人がお釈迦さまを招いて供養することになった。
 住人のうちの一人が、布施するのはみんなでするのがよいと聞かされていたので、村中にお米や豆など、材料を集めに回った。
 ある長者の家先に来たとき、「この男は自分でするのがいやなものだから、みんなのところを回っている」と、二つまみの米と三粒の豆を差し出した。これをみんなの施しものとは別にして持ち帰った。
 不思議に思った長者は下男に後をつけさせ、自分の悪口を言えば殺すように命じたのだ。
 やがて持ち帰った施しもので、それぞれ粥やお菓子にするように分けた。そして別に持った長者の施しものをそれぞれの材料のなかに分け入れ「長者にも大果がありますように」といい、さらに「それぞれ自分の力に応じて施してくださった人たちみんなに大果報があるように」と心から祈った。
 このことを下男から聞いた長者は、この男の前にひれ伏し、少しでも疑ったことに許しを請うた。
 このとき釈尊は「善業は少ないからといって恥じることではない。賢者は善業を行いつつ口を開けたつぼに水滴のみつるがごとく、善業によって満たされる」と説かれた。

  四正勤(ししょうごん)
1.悪行は起こらないように防ぐ
2.すでに起こした悪行は、気づいたその時から断ち切る
3.起こせそうな善行は、起こるように仕向ける
4.すでに行われた善行は、大きくなるように育て広げる
松涛弘道
知恵あるものは 知恵をもって
知恵なきものは 力をもって
力なきものは 財をもって
財なきものは 技をもって
技なきものは 言葉をもって
言葉なきものは ほほえみをもって
ほほえみなきものは 祈りをもって

                                         このページのトップに戻る

ミカンの花が咲いてます
                                          2014.5.24

是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界乃至無意識界

◎六根(眼耳鼻舌身意)・六境(色声香味触法)・六識(眼耳鼻舌身意)で感覚判断
  ・香りは鼻で感じます → 鼻根
  ・ミカンの花の香り  → 香境
  ・初夏の季節感    → 鼻識
初夏の香りと、すがすがしい甘い田舎の香りを放っていても、
ミツバチを呼び寄せようとしているわけでもなく、
人を喜ばせようともしていない。
ただただ無心に咲いているだけ。

◎人は「心の状態」では花の香りに気づかない。
  「心ここにあらざれば 見れども見えず 聞けども聞こえず
   食らえどもその味を知らず」
     ■気づかない=「無い」のと同じこと
・イヤホンを耳に当て好みの音楽に夢中になっている
・借金で首が回らず、返済時期に追われている
・難しい手術を控えている
・愛する人と別れたり、亡くしたりした・・・・等々

無苦集滅道
◎般若心経では四諦(苦集滅道)さえも無い
1 苦諦(苦しみをあきらかにする)
2 集諦(苦の原因を明らかにする)
3 滅諦(原因を滅すれば苦がなくなることをあきらかにする)
4 道諦(3の方法をあきらかにする)→八正道

・ミカンの花は無心に咲き、実をつける準備をしている。
・ミツバチは今こそ花の蜜を集めるときと、ミカン畑の山を飛び回る。
 ※人はミカンの花やミツバチの心境になることはできるのか?

◎般若心経では「無心」になることの大切さと難しさを説いている。
                                      このページのトップに戻る
<身と口と意を調(ととの)える-十善戒>
                                             2014.6.28
明哲品80
 「矢をつくる人は矢を削りて直くし、水上に生活する人は舟を調う 木工は木を調え、賢き人はおのれを調うるなり」
サーリプッタ(舎利弗)長老にいつも供養している長者の娘が一人の子どもを産んで、パンディタと名付けられた。
彼女はパンディタが7歳になるのを待って長老のもとに出家させた。
あるとき、長老と托鉢しているときパンディタは、用水路の水を見て「水に心がございますか?」と聞いた。水には心がないことを知った彼は、心を持たないものが求められているところで仕事をしているのに、心を持っているものが悟りを得られぬはずはないと思った。
その日、パンディタは、矢作りが柄を火にあぶって真っ直ぐにしているのを見、また、大工が木で車を作っているのを見た。
ともに心のないものがやがて心を持って仕事をし、役に立っている。
それからはパンディタは必死に精進して阿羅漢に達することができた。

[人を調えるもの]
1.身 体をととのえる(正しい姿勢、座り方)
2.口 言葉をととのえる(正しい話し方)
3.意 心、思いをととのえる(何も思わない、無心)

忿怒品231
 「身の怒りを守り、身を慎み、身になすべからざるを棄てて、身になすべき事を行うべし」
不殺生 不偸盗 不邪淫

忿怒品232
 「言葉の怒りを守り、言葉を慎み、言うべからざるを棄てて、言うべき事を言うべし」
不妄語 不綺語 不悪口 不両舌
(うそ、かざりことば、わるくち、二枚舌)
忿怒品233
 「思いの怒りを守り、思いをつつしむべし、思うべからざるを棄てて、思うべき事を思うべし」
不慳貪 不瞋恚 不邪見 
(むさぼるな、怒るな、よこしまな心)
                                      このページのトップに戻る

     


田舎坊主シリーズ第4弾
「田舎坊主の七転八倒」

   
     発売中!

   住職の既刊書です
「田舎坊主の求不得苦」
2013年発行
「田舎坊主の愛別離苦」
2009年発行
「田舎坊主のぶつぶつ説法」
2002年発行

(C)瑞宝山不動寺. All Rights Reserved.