お世話になった方がまた逝きました

四国巡拝中に「よしつね君? ○○です」と電話が入りました。
聞き覚えがない男性の声なので「どちら様ですか?」と聞き直すと、
「○○です、妻が亡くなりました。もしものことがあれば、よしつね君にお願いしてと常々話していたので・・・」
と言うのです。

奥様は当初から私を「よしつね君」とよんでいました。
ご主人がかけてきた奥様の携帯電話にも「よしつね君」で登録していたのでしょう。
ご主人からそうよばれたことはなかったので、
「よしつね君? ○○です」の電話に驚いた次第です。

さらに奥様が亡くなったとの知らせに驚き、
詳細を聞いた上で葬儀を承りました。

   *

亡くなった奥様とは35年以上前、
私が「胆道閉鎖症の子どもを守る会」の和歌山県支部長をしていたとき、
檀家さんの法事でお会いし、法話で亡くなった子どもの病気や難病についてお話しをしました。
その際、なにか協力したいと申し出があったのです。

それからしばらくして彼女はあるお店をオープンし、
開店当初からお店のカウンターに「難病の子どもたちに愛の手を」と手書きした募金箱を設置してくれました。
これは閉店するまで約15年間置いてくれたのです。
支部の運営費や私が会議のたび上京するための交通費などほんとうに助かりました。

彼女はご自分の水子を熱心に供養されていて、
心の中には少なからずこのことが私への協力の一つの要因としてあったように思います。

   *

一方でお盆に水子供養としてお参りしてほしいとお願いされ、これも35年以上続いています。

今年のお盆前のことですー
毎年彼女宅へのお盆のお参りは日程も時間も決まっているので、
今まで確認されることはなかったのですが、

「よしつね君、今年いつ参ってくれる?」と約10年ぶりに電話が来たのです。
ここ何年かは私に代わって副住職がお参りしていました。

今から考えてみると、その電話はお別れの電話だったのかもしれません。

長いご無沙汰で元気なお顔も拝見しお話しもできていなかったことが心残りとなりました。
  
  *  
   
彼女は東洋欄をこよなく愛し、各地の展示会に出品などして季節には全国を巡っていました。

私は彼女にー

豊徳照蘭信女 のお戒名を贈りました。
  
遺影はたくさんの蘭に囲まれたお写真で、
お別れの棺の中にもたくさんの蘭が添えられていました。
   
ただ多くのご遺族から故人らしい素晴らしいお戒名だと喜んでいただけたのが、
ささやかな恩返しになったような気がしました。  
 
今年は大切な方、お世話になった方とのお別れが続きました。
    
唯々黄泉が安らかならんことを願うのみです。
    
   
南無大師遍照金剛

合掌
九拝

 

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