無事お盆行事が満行しました

お盆の精霊送り火お焚き上げ供養も成満し、
無事お盆行事が満行しました。
 
個人的にはー
今年のお盆はお世話になった方や大切な方が亡くなり、
いままで経験したことのない連日の雨中の棚行参りも重なり、
少なからず心憂鬱な一週間でした。
 
そんな折りー
ある難病患者さんからうれしい電話がありました。
 
その方はパーキンソン病で少し背が丸くなっている男性です。
以前にあるリハビリの会で、
「背が丸くなってきて、お腹が縮んで痛くなるようなことがあったら、お腹の皮を上下にひろげるように・・・」
ということをお話ししました。
 
ずいぶん前のことで忘れていたのですが、
その方はー
「この前お腹が痛くなったので、以前に聞いたことを思い出しやってみるとすっかり痛みがなくなって・・・」
と、うれしくなって電話をしてくれたというのです。
「ほかにも薬ではなく楽になれることがあれば教えてください」
というものですから、
一歩目が踏み出しにくい「すくみ足」対策をお話ししました。
 
彼は「すくみ足があるので、やってみます」と、
喜んでくれました。
 
お盆明けのうれしい電話で、
私の心に少し陽ざしが見えました。
 
ありがとうございました。
 
  *
 
施餓鬼供養は霊魂の虹で始まり
雨中の棚経参り
でも心晴ればれでお盆が明けました 
 
 
令和3年お盆
南無三界万霊抜苦与楽
合掌
 

お施餓鬼に悲しい知らせ

  *** ちなみにこの日には恩師、亀岡弘昭先生の訃報も・・・。私が高野山で小坊主をしていたとき、 寂しいときも苦しいときも先生に守られて高校生活を送ることができました。 やんちゃ坊主の私でしたが、高校を卒業するときには Continue Reading →

五條の大澤寺お参り

五條市の山間部にある大澤寺にお参りー
ご本尊は薬師如来、高野山真言宗のお寺です。

軽四一台がなんとか通れる山道を河内長野方面に登り、
細い枝道を約2㎞ほど行くとひっそりと佇む石塀に囲まれた大澤寺が現れます。

2m弱の像高の薬師如来は秘仏で拝観はできませんが、
本堂前にて読経させていただきました。

何とぞ難病患者に寄り添い下さい、との祈願を込め手をあわせてきました。

南無薬師瑠璃光如来
南無大師遍照金剛
合掌

 

キキョウ寺(谷性寺)参拝

7月19日、とこなげ山千手寺へお参りしての帰り、
近くの谷性寺へお参りしました。
 
このお寺は別名桔梗寺と呼ばれ、
明智光秀の首塚や明智山門があることで有名なお寺です。
ちなみに明智家の家紋は桔梗ですね。
 
現在、お寺までの参道が桔梗の里としてオープンしていました。
 
キキョウは本来薬草生薬として龍角散などに使われていることはよく知られています。
 
ところで関西地方のキキョウで有名な場所を調べるとそのほとんどが寺院なのですね。
 
京都の廬山寺、天得院、智積院、谷性寺・・・
奈良の円成寺、元興寺・・・
 
お寺は本来ご本尊をまつり、祈り、ご先祖のご供養などを勤める場所です。
 
でもそれだけではなくー
 
いろいろな薬草花を育て、病を持つ人々に薬種を与え治療を施す場所でもあったんですね。
 
聖徳太子がつくった敬田院、施薬院、悲田院、療病院の四箇院 ー
 
「心を癒やし、病を癒やす」
 
その精神がこれらの寺院に引き継がれていたことをあらためて知ることができました。
 
合掌
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
余談ですが、いま私はー
病を見つめ、死を見つめるドラマ「ライオンのおやつ」(NHK BSP)を見て胸を打たれています。
 
キキョウの里入口門(明智家桔梗の紋)
谷性寺
谷性寺本堂
明智光秀の首塚
明智山門
谷性寺由緒書

とこなげ山千手寺参拝

亀岡にある、とこなげ山千手寺へお詣り。

「とこなげ」とは「独鈷投げ」のことです。

高野山には空海が唐から三鈷を投げ高野山を開創の地とするのですが、
その三鈷が松の枝に掛かり、今も「三鈷の松」として伽藍にそびえています。

この千手寺はー
空海が独鈷を投げ、それがこの山の松の木に掛かったというのです。
やがて空海はこの山の木で観音像を彫り一宇を建立したと伝えられています。
そこから山号が「とこなげ山」と名付けられました。

ポツンと一軒家ほどの細い山道を約2㎞ほど上ったところに山門への最初の階段が目に入ってきます。

手水鉢で手を清め二つ目の階段を上ります。
気温36度の中、汗タラタラで山門をくぐると広々とした境内が広がっています。

お詣りは私一人、「どうぞ難病患者に寄り添いください」と祈願し、ゆっくりと読経させていただきました。
ご本尊は観音様ですが、とりわけ眼病に霊験ありとのことで、
本堂前のお賓頭盧様の目元は眼病を患う多くの人が撫ぜるせいか色が白く変わっていました。

HPの参拝者記録を拝見しても、和歌山県からの参拝者は私一人でした。

帰りには明神様がまつられている裏山まで登り、
眼下を見渡すと亀岡の町が一望することができました。


ありがたい参拝でした。

合掌

 

7月2日半夏生 雨


梅雨本番

急激な豪雨で土砂災害情報や避難情報が各地に出ています。
十分な警戒が必要です。

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7月2日半夏生 雨・・・・・

農家の人は恵みの雨といい、喜びます。
蛙も大喜び。
あじさいは雨が降ればいきいきとします。

でもー
道路工事の作業員も道路警備員もじゃまな雨だといいます。
洗濯物を干していたお母さんは急な雨に怒ってます。
もちろん大雨は災害につながるので人々は恐れます。

雨はー
ときに有り難く、喜ばれたりします。
ときに嫌われ邪魔ものにされます。

人はその時々の状況や心のありようで、雨を歓迎すべきものにもすれば悪者にもします。

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一方、雨のはどうでしょう。

喜ばせようとも悲しませようとも、
いじめようとも苦しめようとも雨は考えていません。

雨はまさに自然現象であり無心です。

無心なるものに勝つすべがありません。

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人も無心になれば強くなれるのかもしれません。


南無地蔵菩薩
南無大師遍照金剛

半夏生
合掌


自然の画像のようです
 
 

地元の小学生お寺訪問

地元麻生津小学校の低学年児童さんたちが「わが町たんけん」で、不動寺を訪問しました。

毎年恒例のお寺訪問です。

子どもたちの質問に副住職和道さんが答えていました。
 ・お坊さんのお仕事はどんなことをするのですか?
 ・お寺は何年前に建てられたんですか?
 ・誰が建てたんですか?
などなど。。。

お焼香の練習もしました。
最後にはみんなで簡単なご真言をお唱えしていただきました。

終わるとー

「ああ~つかれたあ・・・」
でした。

な~む~
な~む~

 

恩師と55年ぶりに再会

55年ぶりに恩師に再会ー
 
当時、高野山高校の校長先生だった亀岡弘昭先生にお目にかかってきました。
亀岡弘昭先生は生物の先生であり、
高野山高等学校の元校長先生です。

私にとっての高野山時代の恩師でもあります。

高野山西禅院で小坊主をしていた私はー
寂しいときも苦しいときも先生に守られて高校生活を送ることができました。

高校時代はやんちゃ坊主の私でしたが、
先生のおかげで高校を卒業するときには宗務総長賞を授与され、
高野山大学は推薦奨学生という計らいをしていただきました。
特別な理解者でもありました。


高野山・熊野参詣道が2004年世界遺産に登録され、
先生はその後2009年、高野山に関わる植物・動物に関する豊かな知識を「霊場高野山の植物・動物 入門」(セルバ仏教ブックス)と題する著書として出版されました。

お会いして最初に先生から「あなたの本は皆、読ませてもらいました」と言われたときには、
拙い私のことをかすかに記憶にとどめていただいていたことに感激と感動を覚えました。

現在も爽やかな紀美野町の惣福寺でご住職として奥様とともに元気に寺務をこなされていました。

山岳部顧問であった先生は今も山を歩いて檀家参りされているそうです。

奥様から「桜の時に来て下さい」と言われ、
またの訪寺を約束して帰山しました。

感謝
 
惣福寺への案内板ー
貴志川沿いの山道を登ります
お寺への参道階段
惣福寺本堂
本尊千手観音菩薩(秘仏)
亀岡先生ご夫妻
「こんな時期の記念写真やからマスクしとくわ・・・笑」
鐘楼堂