11月28日の護摩焚き法要

11月28日の護摩焚き法要 皆さまの安寧を祈願し心込めて勤めさせていただきました 顔面神経麻痺の私は滑舌を少しでもよくしようとーマスクの下、セロハンテープで口角を上げしっかり読経させていただきました 幸いなんとかいつも通 Continue Reading →

次女38回目の祥月命日お逮夜

10月30日はー亡くなった次女えりの38年目の祥月命日 きょうはお逮夜でーパンケーキ作ってお供えしたんきのう護摩焚きお参りで檀家さんから頂いた六小坊主とともに。。。 南無大師遍照金剛合掌

9月護摩焚き法要無魔勤修

9月28日護摩焚き法要無魔勤修 彼岸が明けたとはいえ暑さ厳しいなかーお詣りいただいた皆さまとともに諸人安寧を祈念するとともに難病患者の快癒を願い勤めさせていただきました・・・・・・・・・・・・・・・今日の御弥津は「抹茶風 Continue Reading →

秋彼岸の入りに

彼岸の入りに。。。患者会きほく会員あっちゃんのお母さんから手紙が届きました。 手紙の内容は『きほく通信94号』が届いたというものでした。でも読み進むと、あっちゃんとお母さんが私を気遣うことばかり書かれているのです。しばら Continue Reading →

「田舎坊主のぶつぶつ説法」まとめ編配信

ポッドキャスト配信「田舎坊主の読み聞かせ法話」 いつもお聴きいただきありがとうございます さてシーズン2「田舎坊主のぶつぶつ説法」は5月で終了しましたが リスナーさんから同内容の話をまとめて聞きたいとのご要望があり6月は Continue Reading →

紀の川市人権委員会研修講演

紀の川市人権委員会研修講演テーマ「人間マンダラ」お話しさせていただきました。        コロナ禍のため3年開催されていなかったそうです。久しぶりの対面開催ということで、たくさんの方が参加されていました。 昼食後、午後 Continue Reading →

5月の護摩焚き法要無魔勤修

5月28日(日)護摩焚き法要無魔勤修 皆さまの安寧と所願成就ならびに病に苦しむ方々の快癒を祈願し参拝者ともども心込めて護摩焚き相勤めさせていただきました 護摩焚き終了後はー先月の御弥津を食べる笑顔がうれしかったと、あやち Continue Reading →

2月28日護摩焚き法要勤修

2月28日護摩焚き法要         少し暖かさが何か心までも温めてくれるような陽ざしのなか      お参りいただいた皆さまとともに諸人安寧と疫病退散を祈念し護摩焚き法要無魔勤修致しました       今日の護摩焚き Continue Reading →

10月の護摩焚き法要勤修

小春日和で少し暖かく感じる今日10月28日
 
皆さま方の安寧と疫病退散を祈願して
 
参拝者ともども読経唱和いただき
 
心込めて勤めさせていただきました
 
少し堅めの抹茶半月まんじゅうにご不満のお言葉もなく
 
「おいしいわあ」の言葉に感謝
 
和歌山市内から宇衛ご夫妻もお参りくださり有り難い限りです
 
奥さんは仏具に興味津々。。。
 
 
南無大日大聖不動明王
南無大師遍照金剛
 
合掌


9月の護摩焚き法要勤修

9月28日 護摩焚き法要
       
参拝者ともども諸人安寧、平和、疫病退散を祈念し
一心に読経祈願相勤めさせていただきました。
         
御弥津は藤原あやちゃんが届てくれた
クッキーとパッションフルーツスイーツをいただきました。
        
「うまいっ」と好評価でした。
     
       
南無大日大聖不動明王
南無大師遍照金剛

合掌

 

 

お世話になった方がまた逝きました

四国巡拝中に「よしつね君? ○○です」と電話が入りました。
聞き覚えがない男性の声なので「どちら様ですか?」と聞き直すと、
「○○です、妻が亡くなりました。もしものことがあれば、よしつね君にお願いしてと常々話していたので・・・」
と言うのです。

奥様は当初から私を「よしつね君」とよんでいました。
ご主人がかけてきた奥様の携帯電話にも「よしつね君」で登録していたのでしょう。
ご主人からそうよばれたことはなかったので、
「よしつね君? ○○です」の電話に驚いた次第です。

さらに奥様が亡くなったとの知らせに驚き、
詳細を聞いた上で葬儀を承りました。

   *

亡くなった奥様とは35年以上前、
私が「胆道閉鎖症の子どもを守る会」の和歌山県支部長をしていたとき、
檀家さんの法事でお会いし、法話で亡くなった子どもの病気や難病についてお話しをしました。
その際、なにか協力したいと申し出があったのです。

それからしばらくして彼女はあるお店をオープンし、
開店当初からお店のカウンターに「難病の子どもたちに愛の手を」と手書きした募金箱を設置してくれました。
これは閉店するまで約15年間置いてくれたのです。
支部の運営費や私が会議のたび上京するための交通費などほんとうに助かりました。

彼女はご自分の水子を熱心に供養されていて、
心の中には少なからずこのことが私への協力の一つの要因としてあったように思います。

   *

一方でお盆に水子供養としてお参りしてほしいとお願いされ、これも35年以上続いています。

今年のお盆前のことですー
毎年彼女宅へのお盆のお参りは日程も時間も決まっているので、
今まで確認されることはなかったのですが、

「よしつね君、今年いつ参ってくれる?」と約10年ぶりに電話が来たのです。
ここ何年かは私に代わって副住職がお参りしていました。

今から考えてみると、その電話はお別れの電話だったのかもしれません。

長いご無沙汰で元気なお顔も拝見しお話しもできていなかったことが心残りとなりました。
  
  *  
   
彼女は東洋欄をこよなく愛し、各地の展示会に出品などして季節には全国を巡っていました。

私は彼女にー

豊徳照蘭信女 のお戒名を贈りました。
  
遺影はたくさんの蘭に囲まれたお写真で、
お別れの棺の中にもたくさんの蘭が添えられていました。
   
ただ多くのご遺族から故人らしい素晴らしいお戒名だと喜んでいただけたのが、
ささやかな恩返しになったような気がしました。  
 
今年は大切な方、お世話になった方とのお別れが続きました。
    
唯々黄泉が安らかならんことを願うのみです。
    
   
南無大師遍照金剛

合掌
九拝

 

明日は彼岸の中日

昨夜、満月と中秋の名月が同じ日に重なるのは何年かぶりだそうです。
 
私は満月を見ると手をあわせてしまいます。
そんな方は多いのではないでしょうか。
 
私ごとですがー
6年前、化膿性脊椎炎で腰の骨が溶け約6ヶ月寝たきりで入院していたとき、病室の窓に満月が見えたときには、思わず泣きながら手をあわせたことを忘れることができません。
(シリーズ第五弾「田舎坊主の闘病日記」2019年発行に詳細)
 
なぜお月さまに手をあわせるのでしょうか?
 
私たちの身体にあるお月さまー
月(にくづき)がたくさんあります。
脳・肝・胃・胆・脾・肌・胸・脇・膵・股・肩・・・・
まるでお月さまでできているようです。
 
私たちの生活にあるお月さまー
暦1月~12月は付かず離れずとても大切なもので、
自分のおかれている位置や時間を与えてくれています。
これを無視して生活している人はいないでしょう
 
私たちの生きる月々の糧はー
多くの人が月々の月給で野菜、魚、お肉などを買い自分・家族の身体を養います。
たくさんの命あるものを戴き食し、すべてが血となり肉となって命をつないでいます。
月々の糧が自分の「にくづき」に循環していきます。
 
   *
 
月は天空にありながら私たちと深く繋がり、関わりを持っているのだと思うのです。
だからこそ手をあわせるのでしょう。
健康であること、元気に働けること、話せること、聞けること。
そんな自分をこの世に生んでくれたことにつながるたくさんのご先祖にも・・・・。
たくさんの感謝を込めてお月さまに手をあわせるのではないでしょうか。
 
   *
 
お月さまに手を合わせるもう一つ大切なことー
いま自分が健康で元気に働くことができることに感謝するとともに、病気で苦しむ人や困難な環境に置かれ苦しんでいる人の安寧を併せて祈ることも忘れてはならないと思うのです。
 
 
明日は彼岸の中日ー
昼と夜の時間が同じでどちらにも偏らない秋分の日はお彼岸の中日です。
 
お月さまに手をあわせるときー
辛い状況におかれている人のことを思い祈る気持ちは、
まさに偏りのない考え方、中道の思いの実践だと思うのですが・・・・。
 
不動坊
良恒
合掌
 
<おまけ>
最期の写真はー
豆腐とコンニャクを焼いてずんだ餡をのせた精進スイーツです😂
味噌田楽ではありましぇん😂😂😂
 
 
 
田楽風 精進スイーツです

恩師と55年ぶりに再会

55年ぶりに恩師に再会ー
 
当時、高野山高校の校長先生だった亀岡弘昭先生にお目にかかってきました。
亀岡弘昭先生は生物の先生であり、
高野山高等学校の元校長先生です。

私にとっての高野山時代の恩師でもあります。

高野山西禅院で小坊主をしていた私はー
寂しいときも苦しいときも先生に守られて高校生活を送ることができました。

高校時代はやんちゃ坊主の私でしたが、
先生のおかげで高校を卒業するときには宗務総長賞を授与され、
高野山大学は推薦奨学生という計らいをしていただきました。
特別な理解者でもありました。


高野山・熊野参詣道が2004年世界遺産に登録され、
先生はその後2009年、高野山に関わる植物・動物に関する豊かな知識を「霊場高野山の植物・動物 入門」(セルバ仏教ブックス)と題する著書として出版されました。

お会いして最初に先生から「あなたの本は皆、読ませてもらいました」と言われたときには、
拙い私のことをかすかに記憶にとどめていただいていたことに感激と感動を覚えました。

現在も爽やかな紀美野町の惣福寺でご住職として奥様とともに元気に寺務をこなされていました。

山岳部顧問であった先生は今も山を歩いて檀家参りされているそうです。

奥様から「桜の時に来て下さい」と言われ、
またの訪寺を約束して帰山しました。

感謝
 
惣福寺への案内板ー
貴志川沿いの山道を登ります
お寺への参道階段
惣福寺本堂
本尊千手観音菩薩(秘仏)
亀岡先生ご夫妻
「こんな時期の記念写真やからマスクしとくわ・・・笑」
鐘楼堂