奈良薬師寺初薬師お逮夜詣り

あす1月8日は奈良薬師寺の初薬師ー
 
多くの人出が予想されるため、
今日お逮夜参りをさせていただきました。
 
皆さまの安寧と疫病退散を祈念して、
金堂と不動堂にて読経させていただきました。
 
令和4年1月7日
 
奈良薬師寺初薬師お逮夜
 
南無薬師瑠璃光如来
 
南無大日大聖不動明王
 
 
合掌


 
12年かけての解体修理が昨年完成した東塔(右)と西塔が並び建つ奈良薬師寺
修復なった東塔三重の塔
西塔三重の塔
ご本尊薬師如来(金堂)
明日の初薬師護摩祈祷場が準備万端(大講堂前)
薬師寺不動堂
東海四十九薬師の特別霊場ご朱印をいただく

終い不動の護摩焚き法要無魔勤修

終い不動の護摩焚き法要無魔勤修致しました。

この一年の有縁無縁精霊の冥福を祈り、
この一年のご守護に感謝し、
来る年の皆さまの安寧を祈願し、
参拝者共々、心込めて勤めさせていただきました。
  
なお先般来練習していた純令の宝来太鼓も終い不動にあわせて打ってくれました。
   
   
今日は和歌山県難病団体連絡協議会東本会長さんもお参りくださいました。
いつも打ち鳴らす本堂の鐘(磬子)は東本さんからご寄贈いただいたものです。
       
また、護摩終了後ー
紀の川市難病患者会きほく神森会長さんの娘さんで患者会員のあっちゃんからお供えいただいたミニ最中を、
御弥津として皆さんでいただきました。
  
  
 
令和3年師走終い不動

お天気も回復しありがたく勤めることができました。

南無大日大聖不動明王
南無大師遍照金剛

合掌

 

知り合いの老僧のお通夜

知り合いの老僧のお通夜に参列させていただきました。
 
知り合いといってもー

20年以上前、
難病患者家族会で師は患者さん、私は難病連の会長としてのお付き合いでした。

私より一回り以上歳上の師はいつも奥様とともに会合やイベントに参加してくれました。
まさに仲良しご夫妻で師には僧侶としての威厳があり、
奥様の笑顔は何にも代えがたい明るさが印象的でした。
 
同じ僧侶ということもあり、ご指導ご鞭撻をいただきながらあたたかいお付き合いをしていただきました。
 
実はあるとき奥様からご主人の介護介助についてお話を聞く機会がありました。
 
ご主人は脊椎や脊髄に関わる難病で、外出には奥様の同行が欠かせなかったのです。

そのご苦労を微塵も見せない奥様の笑顔にただただ頭が下がる思いがしたのを覚えています。
 

約50名の僧侶方が出仕されるお通夜の開始前、
司会者からー
「大僧正様は最期までリハビリに努められていました」との言葉に、
変わらぬ前向きな生前の師のお姿が脳裏を巡りました。
 
そして常にそばに寄り添われた奥様の心奥を察するに、
余りあるものが込み上げてきました。
 
    *
 
私は17年前にマリーナシティーで開催した「JPA全国大会 in 和歌山」でのご夫妻の楽しそうなお写真をプリントアウトして喪主の現住職の息子さんに手渡しました。

息子さんは写真を見るなり「若いなあ」と笑顔で喜んでくれました。
 
    *
 
ご立派な住職もおられ寺門興隆は約束されています。
老僧、何とぞ安心にて兜卒天上に昇られんことを。
 
九拝
合掌
 
 
兼務寺、硫黄山薬師寺の銀杏の黄葉です。

11月の護摩焚き

紀州紀の川市でも急に朝晩冷え込んできましたが、
きょう幸い小春日和に恵まれ穏やかな陽ざしが注ぐなか、
皆さま方の安寧と疫病退散を祈願して護摩焚き法要を勤めました。

ご宝前には西岡安廣さんからお供えいただいた立派なミカンが供えられました。

参拝いただいた皆さま共々懇ろに般若心経をお唱えさせていただきました。

なお護摩終了後、藤原あやさんから送っていただいた手作りクッキーを御弥津として皆でいただきました。

南無大日大聖不動明王
南無大師遍照金剛

合掌

 

奥ノ院へ四国八十八ヶ所結願のお礼詣り

高野山奥ノ院へー

四国八十八ヶ所結願のお礼詣りに上りました。

紅葉鮮やかな秋晴れの奥ノ院参道を久しぶりに歩き、
御廟前にて読経の後、御供所にてご朱印を賜りました。

「結願おめでとうございます」と筆墨役の職員さんから、
ご丁寧なお言葉を何度もいただきました。

時節柄人出も車も多かったので、
寄り道せず高野山から下山致しました。


南無大師遍照金剛
合掌

 

奥の院一の橋
一の橋側道
記念の納経帳です。
お御影はカラーです。

四国八十八カ所霊場、上がり四ヶ寺巡拝

85番 八栗寺 85番八栗寺は弘法大師作の歓喜天が祀られていて「八栗の聖天さん」で有名です。 ※八栗寺ケーブルカーの登山口にあるお蕎麦屋さんのザルが絶品でした。 86番 志度寺 86番志度寺は海女の墓(能楽で藤原家にまつ Continue Reading →

紀の国わかやま文化祭 華岡青洲の妻

紀の国わかやま文化祭2021で
劇団青洲がオープニングの一つとして「華岡青洲の妻」を公演しました。
 
結成25年の記念も兼ねての公演でした。
 
みんながんばってよく出来ていました。
 
 
舞台の写真はー

・青洲の母と妻加恵が自分を人体実験に使ってと言い合う場面

・母よりも強い薬を処方された加恵が目が見えないと訴える場面

・団員でのフィナーレ

集合写真はー

「この子たちは文化体験で来日したブラジルの子たちです。写真に入って下さい」と言われ、
撮ってくれたものです。
 
    *
 
紀の国わかやま文化祭2021はー
11月21日まで多彩なイベントが開催されます。
 
 
自分を人体実験に使ってと言い合う加恵と母を青洲がなだめる場面
加恵が目が見えないと訴える場面。このときはじめて、お母さんは飲まされた薬量が極めて薄かったことを知るんです。
フィナーレ
文化体験で来日しているブラジルの子たちと。。。

次女えりの三十七回忌祥当日

10月30日ー
次女 えりの三十七回忌祥当日
   
生後から約5年の闘病を経て、病院でー
「みず、のみたい・・・」と言って息を引き取ったのが昭和60年10月30日。
子どもの亡きがらを抱いて病院の玄関から出ようとしたとき、
関係者からー
「裏口から出てください」と言われた。
そのとき初めて、病院で亡くなったら玄関から出られないことを知った。
家に着いたら抱いた手がしびれていたことをいまも忘れられない。
  
子ども含め、以来5人を送りました。
      
    
ほんとうにいろいろなことがありました。
   

同居家族がいなくなってから私は西国三十三所霊場、西国四十九薬師霊場を巡拝成満し、
四国八十八ヶ所霊場も成満まで残すところ4ヶ寺となりました。
   
昭和41年、歌舞伎役者市川団蔵はー
『父母の五十回忌を済ませしのちは、無縁の人をとむらいにけり』との遺書を残し、
四国からの帰りの船から身を投げました。
   
私は身投げこそしませんが、
坊主として難病と深く関わってきた人生です。

多くの人が古来すがってきた諸仏に「難病患者に寄り添い下さい」との願いを込め、
自坊のおたすけ地蔵と護摩焚きとともに、祈願参拝を続けたいと思っています。
   
幸い長女純令が尼僧となり、旦那さんも高野山で修行を終え、
いま副住職辻和道として勤めてくれています。
本当に有り難いことです。
 
       
そんな中、東海四十九薬師巡拝を始めています。
いま私にできるのは祈ることだけですから。   
      
いまそれができることに感謝しかありません。
  
南無大師遍照金剛
合掌
    
令和3年10月30日
不動坊 良恒

 

おたすけ地蔵

10月の護摩焚き法要

令和3年10月28日
  
小春日和のなか、皆さまの安寧と疫病退散を祈願し、

無事護摩焚き法要無魔勤修致しました。

参拝者皆さまには大きな声でお唱えいただきました。



瑞宝山不動寺

南無大日大聖不動明王

合掌
 
 
ちょっといっぷく