






和歌山県紀の川市にある高野山真言宗のちっちゃい田舎寺です。







額安寺 推古神社
終い不動の護摩焚き法要無魔勤修致しました。
この一年の有縁無縁精霊の冥福を祈り、
この一年のご守護に感謝し、
来る年の皆さまの安寧を祈願し、
参拝者共々、心込めて勤めさせていただきました。
なお先般来練習していた純令の宝来太鼓も終い不動にあわせて打ってくれました。
今日は和歌山県難病団体連絡協議会東本会長さんもお参りくださいました。
いつも打ち鳴らす本堂の鐘(磬子)は東本さんからご寄贈いただいたものです。
また、護摩終了後ー
紀の川市難病患者会きほく神森会長さんの娘さんで患者会員のあっちゃんからお供えいただいたミニ最中を、
御弥津として皆さんでいただきました。
令和3年師走終い不動
お天気も回復しありがたく勤めることができました。
南無大日大聖不動明王
南無大師遍照金剛
合掌
拝










11番 善光寺別院願王寺 27番 神蔵寺 28番 永弘院 29番 成福寺 30番 松音寺
紀州紀の川市でも急に朝晩冷え込んできましたが、
きょう幸い小春日和に恵まれ穏やかな陽ざしが注ぐなか、
皆さま方の安寧と疫病退散を祈願して護摩焚き法要を勤めました。
ご宝前には西岡安廣さんからお供えいただいた立派なミカンが供えられました。
参拝いただいた皆さま共々懇ろに般若心経をお唱えさせていただきました。
なお護摩終了後、藤原あやさんから送っていただいた手作りクッキーを御弥津として皆でいただきました。
南無大日大聖不動明王
南無大師遍照金剛
合掌








正福寺 國束寺
8番 桃林寺 9番 禅林寺 10番 観音寺
12番 禅林寺 13番 妙応寺 14番 東光寺 15番 水薬師寺
高野山奥ノ院へー
四国八十八ヶ所結願のお礼詣りに上りました。
紅葉鮮やかな秋晴れの奥ノ院参道を久しぶりに歩き、
御廟前にて読経の後、御供所にてご朱印を賜りました。
「結願おめでとうございます」と筆墨役の職員さんから、
ご丁寧なお言葉を何度もいただきました。
時節柄人出も車も多かったので、
寄り道せず高野山から下山致しました。
南無大師遍照金剛
合掌




85番 八栗寺 85番八栗寺は弘法大師作の歓喜天が祀られていて「八栗の聖天さん」で有名です。 ※八栗寺ケーブルカーの登山口にあるお蕎麦屋さんのザルが絶品でした。 86番 志度寺 86番志度寺は海女の墓(能楽で藤原家にまつ Continue Reading →
10月30日ー
次女 えりの三十七回忌祥当日
生後から約5年の闘病を経て、病院でー
「みず、のみたい・・・」と言って息を引き取ったのが昭和60年10月30日。
子どもの亡きがらを抱いて病院の玄関から出ようとしたとき、
関係者からー
「裏口から出てください」と言われた。
そのとき初めて、病院で亡くなったら玄関から出られないことを知った。
家に着いたら抱いた手がしびれていたことをいまも忘れられない。
子ども含め、以来5人を送りました。
ほんとうにいろいろなことがありました。
同居家族がいなくなってから私は西国三十三所霊場、西国四十九薬師霊場を巡拝成満し、
四国八十八ヶ所霊場も成満まで残すところ4ヶ寺となりました。
昭和41年、歌舞伎役者市川団蔵はー
『父母の五十回忌を済ませしのちは、無縁の人をとむらいにけり』との遺書を残し、
四国からの帰りの船から身を投げました。
私は身投げこそしませんが、
坊主として難病と深く関わってきた人生です。
多くの人が古来すがってきた諸仏に「難病患者に寄り添い下さい」との願いを込め、
自坊のおたすけ地蔵と護摩焚きとともに、祈願参拝を続けたいと思っています。
幸い長女純令が尼僧となり、旦那さんも高野山で修行を終え、
いま副住職辻和道として勤めてくれています。
本当に有り難いことです。
そんな中、東海四十九薬師巡拝を始めています。
いま私にできるのは祈ることだけですから。
いまそれができることに感謝しかありません。
南無大師遍照金剛
合掌
令和3年10月30日
不動坊 良恒









第一番 福成就寺 第二番 仏勝寺 第三番 徳楽寺 第五番 神王寺 第六番 東日寺 第七番 神宮寺 香肌峡の沈下橋(平松橋)
千光寺 東明寺
高岡山瑞龍寺 高岡大仏 五箇山合掌造りの里 帰り途中で五箇山合掌造りの里を散策することができました。ここでも秋を待つ穏やかな風景に癒やされてきました。 令和3年10月14日不動坊良恒 拝
